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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
32/45

白雪

「よしっ!今日の書類の整理はここでおしまい!」

誰もいない薬術院の書庫でミオの声が響く。

顔をあげ、 時計をちらりと見た。

随分仕事に没頭していたらしい。

短針が思ったよりも進んでいる。


ミオは、宿舎へと雪道の中を進んだ。

わあ 随分積もったのね。

冴え冴えとした冷気を思い切り胸に吸い込んだ。

ひんやりとした空気が頰をくすぐって、 気持ちが良い。


それでも、ミオの胸に浮かんでいたのは、やはりライの事だった。


ライ将軍は結局、戻れなかったのだろうか。王宮の職員の誰かが、今回の征伐は大規模らしい。 帰って来るのは来月か。などと噂していたのを小耳に挟んだ。


(ケガなく無事に帰ってくればいい。 …それだけでいい…)


ミオは宿舎までの道のりに ひときわ雪が白く積もっている個所を見つけた。

きょろきょろと周りを見渡し、大の字になって仰向けに雪の上にバフっと寝転ぶ。

子供のころのお気に入りの遊びだ。顔に雪がはらりはらりと舞い落ちる。


ミオは目を閉じて、ゆっくり考える。

村での穏やかな日々、将軍との出会い、そして今――王宮で、薬師として働く自分がいる。


(人生って、不思議ね)


その時、雪を踏む音が、静かな空気を切り裂いた。

ミオの前で、その足音がピタリと止まり、凍った空気がゆらりと揺れた。


「ミオ」


その声に反射的に瞼が開く。


――目の前に自分を心配そうに見つめる灰色の瞳。

やっぱり…と、どうして… が交差する。


「こんなとこで何してる」


「……おかえりなさい」


「遅くなった」


「……ほんとに10日で、帰って来たんですね…」


「…ん」

「……」


ミオは動けなかった。


目の前の黒いマントに雪をまとった男が、

――不器用に、けれど優しく、微笑んでいたから。


***


暖炉の火が静かに燃える。かじかんだ指を火の方向へかざすと、ミオは居心地悪そうに、ぐるりと部屋を見渡した。

重厚な、マホガニーのテーブル、机の上にきっちり積まれた書類 きらびやかな勲章が、投げ捨てられたかのように、棚の一角に山になっている。


やっぱり、執務室なんて、入ってはいけなかったんじゃ…ミオは今になって後悔した。

ライには、「俺の宿舎にするか?」と無表情で言われたが、それはもっと固辞した。


ライが短いため息と共に、重たげなマントをバサリとはずし、軽装になる。

そのままミオが腰かけているソファの横に、ドサリと座った。


「あ、あの 怪我は…」

「してない」

「お一人で、帰って来られて…?」

「ん」

「……」


沈黙。


隣から伝わる熱に、ミオの心臓が早鐘を打つ。

気まずさに耐えきれず、口が勝手に動きだす。


「その…今日は書類の整理してたら、夜になってまして。一人だとあっと言う間ですね。

あの、雪、王都もこんなに降るんですね。でも道は滑らなかったです。ほら、村だとすぐ凍るじゃないですか、やっぱり王宮は違うと言うか…」


「…………」


ライは何も言わない。

ミオはとうとう、自分でも何を話しているのかわからなくなってきた。


(もう、黙ろう……)


そう思って息を整えようとした瞬間――

ぐらりと、隣から重みがかかる。


ミオの肩が思わずあがる。


「すまん…少し寝る」


ライの瞼がゆっくり閉じる


「すぐに起きるから…ここにいてくれ」


「…は、はい…」


ミオは身動き一つせず、小さな声で返事をするだけで精一杯だった。


再び静寂が訪れ、執務室にはライの呼吸とミオの動悸の音だけが響いていた。






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