約束
「ねえ、ミオ 本当に王宮に残るの?僕たちの家族、ミオが来るの楽しみにしてたのに」
クレアとシアン 双子の姉弟が ミオの顔を心配そうにのぞき込んで言う。
ヴァンデール帝国では、今日から祝祭「祈りと集い」の一週間が始まる。
家族が集い、先祖を敬い、健康と繁栄を願う――そんな特別な期間だ。
王宮内は、それぞれの故郷へと向かう職員たちの笑顔と活気にあふれていた。
既に家族はいないミオを心配して、二人は自分達の実家に一緒に行こうと 前々から申し出てくれていた。
「あーあ、実家のドレスでミオの着せ替えごっこしたかった。新作がいっぱいあったのに」
クレアがいまだ納得してない様子で頬を膨らませて言う。
「ふふ、ありがとう。でも、誰かは診療所の当直しなきゃいけないでしょ?気にしないで、試したかった実験も一気に進められるし。」
(それに…10日で終わらせるって…言ってた)
今日がその、10日目だ。
うつむいて一瞬頬を染めたミオの表情をクレアは見逃さなかった。
「ミオ…私に言ってないこと、まだあるでしょ。ま、いいわ…帰って来たら話、ゆ〜っくり聞くから!」
鋭いクレアの眼差しに、ミオはギクリと固まった。
「…分かったから。家族が待ってるよ。気をつけて帰ってね」と、ミオは苦笑しながら2人の背中を押して、王宮の門まで見送った。
二人の背中が見えなくなると、ゆっくりとミオは薬術院へ足を向ける。王宮内を行き交う人も、今はまばらだ。
ミオは 雪がちらつく淡い灰色の冬空を見上げ、あの人の無事を願った。
***
「お前、本当に10日で終わらせたな…。
ほとんど寝てないんだろ。」
王都から山一つ離れた山中、冷たい風が肌を刺す中、リドは手早に野営の設営を部下に指示しながら、呆れたようにつぶやいた。
黙ったままの隣の男は、地図を睨むように見つめている。その目の奥に隠している焦りのような感情を、リドは感じ取った。
今回の盗賊団の征伐は、初動の一撃で鎮圧され、残党はたった三日で掃討された。
残る一週間で、現地の治安を回復させ、頼まれていなかった王都への交易路の整備までも、既に手配を済ませていた。
簡単に言えば、本来一か月以上はゆうにかかる任務を、“10日で終わらせた” のだ。
「約束した」
ボソリと焚き火を見ながらライが言う。
「だが、間に合わんかった…」
本来なら日暮れまでに王都に入れていたはずだった。しかし雪と共に倒れた大木のせいで、山道が塞がれ、馬が通れず、迂回を余儀なくされた。想定外の足止めに随分と時間をくってしまった――
「こんなに早く帰りたがるお前、初めて見たよ。」
横で、リドがクツクツと笑う。
「……」
「今日から、王宮のやつら休暇でいないだろ?ミオ嬢だっているとは限らんだろ。」
「……」
知っている。 それでも早く帰って確かめたかった。
もし、もしも彼女が自分を待っていてくれるなら…。
どうしても淡い期待をしてしまう。
「ほい」
いきなりリドが、ライに手袋を投げる。
「はよ行け、こんな雪道、お前にとってはどうってことないだろ。後は何とかやっとくよ」
「……恩に着る」
「……うわっ!!やめろ鳥肌立つ!!」
リドが、そう叫んで振り返ると同時に、黒いマントがバサリと舞い、馬の上のライの背中は一瞬で小さくなった。
「……はあー、…変わるもんだ…」
リドは頭をかきながら 改めて目を丸くする。
お前が人生で初めて見つけた希望だもんなあ…。
ずっと孤独に、何の為かも分からず戦ってきた友人。
そんな奴がようやく見つけた、心を許せる存在。
(お前の事、森みたいだってさ。)
唯一ライをそう表現したあの子は、あいつを――受け入れてくれるだろうか。そうだといい。
リドは、心の底から、馬上の友人の幸せを祈った。




