決意の朝
王宮の外、朝霧が立ち込める身を切るような寒さが、あたりを包む。軍馬の吐く息が白く、空へとたちのぼっていく。
出立の日の朝はいつにも増して、気の重い朝だった。
馬具を整える兵、旗を掲げる副官、
その周囲で、家族や恋人が無事を願って言葉をかけていく。
今までなら、なんとも思わなかった。
見送りなど、自分には無縁のものだと、そう思ってきた。寂しいとも、羨ましいとも感じたことなど、一度もない。
――なのに、今日は。
頭に浮かんでしまう
柔らかく笑うミオの顔が、笑うと三日月のようになるあの瞳が。
(来るはずはない……分かってる…)
このまま行けば、しばらく会えない。
盗賊団の征伐が順調に行けば、2週間、手こずれば、一ヶ月はかかるだろう。いや、最悪それ以上か――
ほんの一目でいい。遠くから見るだけで良かった。
笑わなくていいから、ただ――
ライは短くため息をつくと、軍馬に足をかけた。
――その時
「……っ!オルグレン将軍…!!」
聞きたかった声が、朝靄のなかで響く。
ライがハッと振り向く。
霧がたちこめる中を、ミオが何かを抱えてパタパタと走ってくる。いつものローブ姿。吐く息が白く、顔の前で踊っているかのようだ。
「間に合った…!! あのこれ!裂傷の血止めと、鎮痛剤と、それからこれは…」
ミオは、ハァハァと肩で息を整えながら、袋の中から色々と取り出しては説明している。
ライは黙って、ミオを見下ろしていた。
「……」
何故か、言葉が出てこない。
感情が、追いつかない。
胸が熱く高鳴って、言いようのない想いがライを突き上げる。
そんな自分をミオは不思議そうに見ると、あのはにかむような笑顔を見せた。一瞬瞳が揺れて、迷って…
「あの…行ってらっしゃいませ。ら、ら…ライ将軍」
その瞬間、時間が止まった
心臓を、つかまれたような感覚――
「……」
衝動のまま、ライはミオを力強く抱き寄せた。
ミオが一瞬、息を呑み、身体を固くした。
ライがハッとする。
(――また、やってしまった。怖がらせたか…)
ライが身を離そうとした瞬間
柔らかな唇が、そっと彼の頰に触れた。
「……」
茫然として、目の前の彼女を見る。
「あの、これは。村のまじないでして…その、左頰に口付けて…。無事を祈るといいますか…」
耳まで真っ赤にして、ミオがしどろもどろで答えた。
「触れても、いいか…?」
ミオが小さく頷いたのを確認すると、ライはそっと、ミオを抱きしめた。今度は軽く。怖がらせないように。
そして耳元で、低く囁く。
「……10日で、終わらせる」
それだけを告げて、
ライはミオから離れた。
軍馬に飛び乗ると、低く鋭い声で号令を発した。
「全軍、出立!」
その声が響くと空気がビシリと一変する。
出立を促すラッパの音が響き渡る中、
心のざわめきを押し殺し、ライの視線はただ
前を見据えていた。




