毒針と癒しの手
黒い髪に灰色の目をした男は、少しの沈黙のあと、無言で腰から火酒の筒を取り、ミオに投げた。
筒を受け取るやいなや、ミオはすばやく栓を抜き、ドバドバと患部にかける。
その瞬間、太い指が彼女の手首を掴んだ。
「……何をする気だ」
「毒針を抜くんです。マヌガ蜂は刺し終えると体内に毒針を残して死にます。早く摘出しないと…」
2人の視線がぶつかる。ミオはまっすぐ、オオカミのような鋭い眼をした男を見つめた。
「……分かった」
ゴツゴツとした大きな手が、ミオの手首から離れる。
ミオは短く息を吐き、小さく自分に言い聞かせた。
「針が折れたらおしまいよ…集中して…」
ミオはピンセットを慎重に騎士の首元にあてる。縞模様の特徴ある毒針が、ヌルリとつまみ出された。
「よし…取れた。…何て大きな針なの…」
一瞬、ホッとした空気が、辺りを包む。
次の瞬間――
「ゼイ…ッ、ゼイ……ひゅー……っ!」
苦しげな呼吸。喉元を押さえた騎士が顔をゆがめる。
ミオは動揺すること無く すぐさまポーチから乾燥した葉を取り出した。平らな石の上で砕き、火打ち石を鳴らす。
火花が葉の上で踊り、
ふわりと立ち上る一筋の煙、漂う独特の香り。
「待て、何の煙だ……」
鼻と口を押さえながら、男が尋ねた。
「彼は今 毒の影響で気道が腫れて息が出来ていないんです!これはオダの葉といって吸引することで――って…あのっ!後にしてもらっていいですか!?」
虚を突かれたような顔をして、男が言葉を飲み込む。
ミオは騎士の身体を少し起こしてやり、柔らかく声をかけた。
「苦しいですよね。少しでもいいから、この煙を吸ってください」
数分後、青白かった騎士の顔にわずかに血色が戻り、呼吸も少しずつ整ってきた。
まわりの騎士たちにも安堵の表情が浮かぶ。
ミオは今摘んできたばかりのミズツバキの葉を揉み、患部に貼りつけて包帯を巻いた。
「今、毒がまわって身体中痛いでしょう…。鎮痛作用がある薬草を貼りましたから…。」
「あ、あり…が……ハァッ ハァッ…。」
息も絶えだえに、礼を言う騎士。
ミオは、そっと微笑んだ。
―男は、その一部始終を黙って見ていた。
初めて見る薬草 的確な処置 そしてこの度胸−−−
年は…24か、25といったところか。
ミオの横顔に、もう一度視線を向けた その時――
「応急処置は以上です。でもまだ油断出来ません。早く解毒剤を飲ませないと…。山を降りると私の診療所があります。そこまで この方を運んでいただけませんか?」
「……分かった。担架を――いや、いい。俺が担いでいく。早い方がいいだろう」
男は後方に目を向け、低い声で呟く
「…リド。あとは頼んだ」
「はいよ!」リドと呼ばれた男が頷く。
男――ライは、無駄のない動きで、軽々と騎士を背負い上げた。
「…どっちだ」
「…ご案内します!」
ミオは勢い良く立ち上がり、籠を背負いなおすと
村への道を歩き出した。