それぞれの想い
ドスッ…ドスッ…!!
ナイフが空を裂き、木製の的の中央に、次々と突き刺さる。
鬼すら怯みそうな顔で、ひたすらナイフを投げる男。
ライ・オルグレンは、先程からため息を連発している。
(やはり、避けられている――)
先日の軍事演習で、ミオが崖から落ちた。
泣く彼女をただ慰めたくて、頬に触れ、距離を詰めすぎた…無意識だった。
(結局、怖がらせた――)
ライの脳裏に、自分の手を拒み、薬術院の男の腕にしがみつくミオの姿が浮かんだ。
それでも抱き上げた時の華奢な身体、髪の柔らかさが忘れられず、気が付くとこうしてナイフを投げて、気を紛らわしている。
(やはり、俺のような血の匂いがする奴が、近づくべきじゃなかった――)
そんな考えが頭をめぐる中、背後から、不意に声が飛んできた。
「お前ね…ナイフ投げながら、恋について悩むのやめろよ。怖いよ。」
後ろを見ずとも、声だけで分かる。20年来の付き合いのリドだ。 だが、もういい。
もう、1週間以上顔すら見ていない。食堂でも、薬術院でも姿を見ない。避けられているのは、さすがに分かる…。
(謝罪だけでもと、思ったが…迷惑か…。)
加えて、北東の村から大規模な盗賊団の征伐要請まで来た。明後日には、王都を発つ。上手く行けば2週間、長くて、一ヶ月か…。
「はぁ…」
白い息が空に溶ける。今にも雪が降りそうな冬の空、
ライはぎゅっと拳を握り、やるせない想いを閉じ込めた。
***
昼下りの薬術院、診察室には、ひなたのような香りの薬草の束。
ミオは先ほどから、丁寧にそれらをすり潰している。
「お~い。ミオ嬢。今忙しい?」
気が付くと、リドが窓から手を降っている。
ミオは、ペコリと会釈し、窓際へ近づいて行った。
「ねえ、ミオ嬢 ライと何かあった?」
開口一番、この言葉。
ガシャンガシャン!!とミオの足が診察室の小机に引っかかり、転びそうになる。
「な、なにも…」真っ赤な顔で、急いで床に散らばった器具を拾う。
(嘘は…ついてないよね。何もなかったと言えばなかったし…)
しかし、自分の気持ちに気づいてしまった今、経験値のないミオは、どうしたらいいのか分からない。
「うーん、お節介なのは分かってる。分かってるんだけども、この口が言っちゃう!!」
やんわりと苦笑するような笑みでリドは続けた。
「…あんまり、ライを避けないでやってよ。」
ミオは、ハッとして顔を上げた。
「君みたいな人は初めてなんだ。アイツの目を、真っ直ぐに見れる人」
「それは、どういう……」
「アイツはねえ、両親も早くにいなくなって、唯一存在価値を認めてもらえたのが騎士団でさ…ただひたすらに強くなって、国を守って…。そしたら、いつの間にか欲しくもない帝国最強の称号まで押し付けられててさ…」
ミオの脳裏に浮かぶ、ライの狼のような灰色の目…静かさの奥に、孤独や諦めを押し込んだような、あの目…。
「知らんうちに肩書きばかり増えて、身動き取れなくなって、今じゃ誰も近寄れなくなった。ほんと報われねー人生だよ…。だからミオ嬢だけは、せめて普通に接してやって欲しいのよ。余計なお節介だけどさ。」
リドは顔の前で、パンっと拝むように手を叩く。
「……」
(ただ恥ずかしくて、避けてたの…傷付いたかな…。)
「俺ら、明後日にはまた長めの討伐なのね。
だから、顔だけでも ちょこーっとアイツに、見せてやってくれる?」
それだけ言うと、リドはじゃあね〜と言いながら、診察室の窓枠にもたれ掛かっていた体を起こす。
しかしその動きが止まり、ミオの目を、真っ直ぐ見て聞いてきた。
「ミオ嬢にとって、ライってどんなやつ?」
ミオは、視線を下に向け少しの間考えると、ポツリとと答えた。
「――静かで、…森みたいな方です。」
それを聞いた途端、リドは一瞬目を丸くした。
(森かぁ…あの男を、そう表現するとはね…)
「…やっぱりライには君しかいないよ。」
ミオがその意味を聞く前に、リドはスキップしそうな軽い足取りでそのまま行ってしまった。
***
日も暮れて、人気もまばらな薬術院…ミオは薬術の本を読みながら、物思いに浸っていた。
あの軍事演習の日から、ミオの中で葛藤が生まれている。
オルグレン将軍を見かけると、何故か視線が追ってしまう。
ずっとあの 灰色の目を見ていたいのに、いざ視線を向けられると、 動悸が押さえられない。
逃げだしたくなる。
ミオ自身も、この気持ちが何であるか とうに気がついていた。
でも、踏み出せない。
ライは貴族の出身であり、帝国随一の将軍だ。
立場も身分も、村育ちの自分とはあまりにも違い過ぎる。
それに、自分は――
10年前の両親との悲しい別れを、やっと一人で乗り越えた。
心に、蓋をして…。薬師として、生きる道を選んで。
なのにまた、大切な誰かを失うことになったら――
(それでも、…あの目の孤独を、自分が少しでも癒してあげたい…)
――怖い。
けれどもう、ミオの心は動き始めていた。




