頬に触れる
診察の結果、幸いにも腫れた足に骨折はなかったらしい。
医者が部屋を出ていくと、2人きりになった治療室には静けさが戻る。
軍服の上着をバサリと脱いで、軽装になったライは ミオの正面にある丸椅子を引き寄せて、音もなく座った。
「……足は、まだ痛むか?」
ミオをいたわる優しい声に、顔を上げきれず、小さく首を振る。
でも涙は勝手にあふれてきた。
「……なら何で泣く…」
ライがそっとミオの頬に触れた。両手で柔らかな頰を包み、指先でそっと涙をぬぐった。
「……もう泣くな」
ミオは小さく頷いた。
涙で潤んでいるのに、怯えの無いまっすぐな瞳が、ライだけを、見ている。
「ここにも傷、あるぞ…」
頬を包みこんだまま、ライの親指がそっとミオの頬を撫でる。
ミオが、小さい声で遠慮がちに言った。
「かすり傷ですから……」
「小さい傷でも、危ないんだろ」
ライのむすっとした顔に、ミオはほんの少しだけ笑った。
「……前に私が言ったこと、覚えてたんですか」
「覚えてる。……全部」
そう呟いたライの声は、どこかぎこちなくて、
でもまっすぐだった。
***
どの位、見つめ合っていただろうか――
ミオはライの手に触れられたまま、動けずにいた。
少しずつ、気持ちが冷静になると、自分の状況に頭が追いつかない。
目の前のグレーの瞳が、至近距離で自分をまっすぐに見つめている。
どうしてそんな目で自分を見つめるのだろう――
どうしてそんなに優しく、自分に触れるのだろう――
動悸が波打つ。耳元で心臓がなっているかのようだ。
「あの、将軍…」
「…何だ」
「あの…」
言葉を探すように口を開いたその瞬間
ゆっくりと、ぎこちなく――
ライの狼のような灰色の目がミオに近づいてきた。
(あ、えと…あの…あの!!)
ミオの肩が、緊張で上がる。
その瞬間――
「ミオっ!!! 大丈夫だったああああああ!?」
――バァァンッ!!
診療室の扉が盛大な音を立てて開き、
山から爆走してきたシアンの声が、室内の緊張を吹き飛ばした。
ライがハッとしたように動きを止める。
2人の視線が、ほんの数センチ先にあった。
顔が、近い。
(……近すぎる!!)
ミオは身体中の血液が、一気に顔に集まったかのような気分になった。恥ずかしくて、居ても立ってもいられない。
「っ、あ、あの、もう大丈夫ですので!わたし、部屋に戻ります――!」
そう叫ぶと、ミオは勢いよく椅子から立ち上がった。
包帯をグルグル巻かれた足に力が入らず、よろけそうになる。
ライが咄嗟に、その細い腰を支えた。
「部屋まで運ぶ」
ボソッと低い声で言われた提案を、ミオは真っ赤な顔で断った。
「…い、いえいえっ!!シアン先輩が!はい!シアン先輩に送ってもらいますから!」
ミオはライの手を押し戻し、心配そうに自分を見ているシアンの位置まで何とか行くと、ガシリ とその腕にしがみついた。
その一瞬、ライがわずかに眉を動かしたのを、ミオは全く気が付かなかった。
「あ、あの…本当に、本日は多大なるご迷惑をおかけし、誠にあの、その…」
もう何を言ってるか分からない。
ライの顔も見られない。
大きな手の感触だけが、身体に残っている。
(どうしちゃったの、私)
ライは視線を合わせようとしないミオを見ると、ほんの少しため息をついた。
「……明日は絶対安静だ。薬術院に話はつけとく。」
それ以上何も言わず、ライは静かに背を向けて部屋を出ていった。
ライの背中がゆっくりと遠ざかっていくのを見つめながら、胸の熱さと早まる動悸を感じ、ミオはその場から一歩も動けずに立ちすくんだ。




