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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
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頬に触れる

診察の結果、幸いにも腫れた足に骨折はなかったらしい。

医者が部屋を出ていくと、2人きりになった治療室には静けさが戻る。

軍服の上着をバサリと脱いで、軽装になったライは ミオの正面にある丸椅子を引き寄せて、音もなく座った。


「……足は、まだ痛むか?」


ミオをいたわる優しい声に、顔を上げきれず、小さく首を振る。

でも涙は勝手にあふれてきた。


「……なら何で泣く…」


ライがそっとミオの頬に触れた。両手で柔らかな頰を包み、指先でそっと涙をぬぐった。


「……もう泣くな」


ミオは小さく頷いた。

涙で潤んでいるのに、怯えの無いまっすぐな瞳が、ライだけを、見ている。


「ここにも傷、あるぞ…」


頬を包みこんだまま、ライの親指がそっとミオの頬を撫でる。

ミオが、小さい声で遠慮がちに言った。


「かすり傷ですから……」


「小さい傷でも、危ないんだろ」


ライのむすっとした顔に、ミオはほんの少しだけ笑った。


「……前に私が言ったこと、覚えてたんですか」


「覚えてる。……全部」


そう呟いたライの声は、どこかぎこちなくて、

でもまっすぐだった。


***


どの位、見つめ合っていただろうか――


ミオはライの手に触れられたまま、動けずにいた。

少しずつ、気持ちが冷静になると、自分の状況に頭が追いつかない。

目の前のグレーの瞳が、至近距離で自分をまっすぐに見つめている。


どうしてそんな目で自分を見つめるのだろう――

どうしてそんなに優しく、自分に触れるのだろう――

動悸が波打つ。耳元で心臓がなっているかのようだ。


「あの、将軍…」

「…何だ」

「あの…」

言葉を探すように口を開いたその瞬間


ゆっくりと、ぎこちなく――

ライの狼のような灰色の目がミオに近づいてきた。


(あ、えと…あの…あの!!)

ミオの肩が、緊張で上がる。


その瞬間――


「ミオっ!!! 大丈夫だったああああああ!?」


――バァァンッ!!


診療室の扉が盛大な音を立てて開き、

山から爆走してきたシアンの声が、室内の緊張を吹き飛ばした。


ライがハッとしたように動きを止める。

2人の視線が、ほんの数センチ先にあった。


顔が、近い。


(……近すぎる!!)


ミオは身体中の血液が、一気に顔に集まったかのような気分になった。恥ずかしくて、居ても立ってもいられない。


「っ、あ、あの、もう大丈夫ですので!わたし、部屋に戻ります――!」


そう叫ぶと、ミオは勢いよく椅子から立ち上がった。

包帯をグルグル巻かれた足に力が入らず、よろけそうになる。

ライが咄嗟に、その細い腰を支えた。


「部屋まで運ぶ」


ボソッと低い声で言われた提案を、ミオは真っ赤な顔で断った。


「…い、いえいえっ!!シアン先輩が!はい!シアン先輩に送ってもらいますから!」


ミオはライの手を押し戻し、心配そうに自分を見ているシアンの位置まで何とか行くと、ガシリ とその腕にしがみついた。


その一瞬、ライがわずかに眉を動かしたのを、ミオは全く気が付かなかった。


「あ、あの…本当に、本日は多大なるご迷惑をおかけし、誠にあの、その…」


もう何を言ってるか分からない。

ライの顔も見られない。

大きな手の感触だけが、身体に残っている。


(どうしちゃったの、私)


ライは視線を合わせようとしないミオを見ると、ほんの少しため息をついた。


「……明日は絶対安静だ。薬術院に話はつけとく。」


それ以上何も言わず、ライは静かに背を向けて部屋を出ていった。


ライの背中がゆっくりと遠ざかっていくのを見つめながら、胸の熱さと早まる動悸を感じ、ミオはその場から一歩も動けずに立ちすくんだ。


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