その名前を呼ぶ時
二人を乗せた馬が、冷たい風を切り裂いて、王宮へと走り出す。
ライは馬上のミオに目をやった。
項垂れ、小さく震える肩。泥まみれのローブ。
「寒いか?」
ライは耳元で低く囁いた。
ミオは何も言わず、ただ首を横に振る。
不安が怒りに変わり、ただ自分の感情をぶち撒けた。
ミオの蒼白く緊張した顔、怯える目――
ライの胸には後悔しかない。
(また、あんな顔をさせた……)
ライは唇を噛んだ。せめて自分の体温を分けるように、ミオの体へ回した手を、自分の方へ抱き寄せる。
馬上で彼女の背中が、自分の胸にピタリとくっついた。
***
二人を乗せた軍馬が、王宮の門をくぐり抜けた頃、
空は既に群青色へと移り変わっていた――
ミオはか細い声で何度も「…大丈夫です」と繰り返し、馬上から降ろそうとするライの手をかたくなに拒んだ。
「……はぁっ」
ライが腰に手を当て、下を向き、深く息を吐いた瞬間、ミオの体がビクリと震え、肩がすぼまる。
「す、すみません…すみません。でも、本当に、大丈夫ですから――」
ミオの華奢な手が、まるですがるように馬の手綱を握りしめている。
ライは、しばらく黙ってその緊張した指先を見つめ、自分の大きな掌で、それをそっと包みこんだ。
「ミオ」
――低く、静かな、自分の名を呼ぶ声――
ミオはハッと息を呑み、
おそるおそる顔を上げた。
「ミオ。さっきは…怒鳴ってすまなかった」
ミオはすぐに首を横に振った。目に涙がじんわりと溜まる。
「違います。私が…私が、皆さんに迷惑を…」
「迷惑など誰にもかけてない。心配しただけだ――分かるな?」
「……はい」
ライのはっきりとした、静かな語りに、ミオは溢れそうになる涙を、必死に唇をかみしめてこらえている。
「医術院に行く。いいな?」
ミオは黙って頷いた。
馬上からライの首元へ、遠慮がちに手を伸ばす。
彼女がそっと身体を自分に預けた瞬間、ライの喉がわずかに鳴った。
――思っていたよりも、ずっと軽い。
呼吸も忘れるほど、慎重に腕へと抱き寄せた。
ライはそのままミオの体を横抱きにすると、まるで壊れものを扱うように、王宮内の医術院へとまっすぐに足を運んだ。




