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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
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怒号

軍馬に乗り、行軍の先頭を行くライはピクリと空気が変わったのを感じた。訝しげに後ろを振り返る。


――空気が静か過ぎる。嫌な予感がする――


何度となく死線をくぐり抜けたライにしか分からぬ、胸をざわつかせる気配、そこへ土煙を上げて 伝令の黒馬が、ものすごい勢いで駆け込んでくる。


「オルグレン将軍!薬師の女性1名が崖から落ちた模様です――!!」


(…女の薬師――?)


動悸が耳の奥で鳴り響く。手綱を握りしめる手に血管が浮く。

「どけッ――!!」

ライは馬を全速力で駆けさせた。


***


その頃、騒然とする崖の側では、シアンが必死に、崖下に消えたミオに向かって叫んでいた。


「ミオ!!ミオッ!!聞こえる!?」


しかし草や枯れ木が生い茂り、日暮れも近づいてきた為、視界が悪い。気温も急激に下がってきた。

周囲にいた兵士や、薬術院、医術院の面々も顔を真っ青にし、崖下を覗き込む。


「俺のせいじゃない、俺のせいじゃ…」

アダムは爪を噛み、茫然として動けないままだ。


その時、砂煙をあげて猛然と黒馬が降りてくる。乗っていた大きな獣のような男は、馬を降りた瞬間、厳しい口調で、鋭く言い放った。


「説明しろっ!!」

目に宿る気迫に、身体から放たれる重圧に、周囲は思わず、息を呑んだ。


「僕のせいじゃない…」

アダムは情けなく呟き、逃げ腰になって後退る。

「お前のせいだろ!!お前が崖際なんか連れてくから!!」

シアンが赤い顔で、泣きながらわめいている。


その時、現場を目撃していた部下の一人が、ライの耳元で状況を素早く説明した。


(くそが――)


自分の胸の奥でうごめく怒りが抑えきれない――手が無意識に剣の柄に伸び、抜剣しそうになる。鋭い殺気が、周囲に立ち込めた。


剣を抜きかけた瞬間、間一髪 追いついたリドが咄嗟にその手を押さえた。


(やめろ)


ライは一度、大きく息を吐き、リドの手を無言で振り払うと、すぐに崖の縁へ駆け寄った。


(まずいな…もうすぐ日が暮れる…)

ライはすぐさま崖を降りようとした。

その時──

目の間にニュッと白い手が伸びてきて、勢いよく地面をワシッと掴んだ。


緊迫した空気の中、のんきな声が崖下から響いてくる。


「――アイタタタ…誰かぁ、引っ張り上げてくださーい…!」


その場にいた全員が、ポカン…とした。


次の瞬間、ライは反射的にその手を掴み、ミオの体を一気に引き上げた。


その勢いで、ミオの身体はライの上にドサリと重なり、二人の視線が至近距離でぶつかった。


「……無事、か…?」

「……将軍、すみません…落ちてしまいまして…」


ミオは顔を上げると、苦笑いでライの身体の上から、ヨイショと降りる。


「ミオ〜!!!良かったああっ!!怪我は!?」


シアンが涙ながらに、ミオのもとへ駆けつけた。


ローブは泥や草まみれ、

それでも、ミオの傷だらけの手には薬草が、しっかりと握りしめられている。


ミオはアダムに向き直ると、苦笑いしながらその薬草を見せようとする。

「アダム先輩、ダロスの葉じゃなかったですよ。これ、よく似てるだけで…」


「――馬鹿がっ!!」


突然、

雷鳴のような怒号が、辺りを切り裂いた。


ミオの肩がビクッと跳ねる。

こんなにも人が本気で怒る声を初めて聞いた。喉がヒュッと締まり、呼吸が上手く出来ない。

体が硬直して――指一本も動かせない。


「アダム・バイロン、王宮へ帰還次第、聴取。聴取が終わるまでは医術院への出勤を禁止する。場合によっては軍法会議にかける、――もう、医術院に席があると思うなよ。」

眉間にシワを寄せたまま、ライの声は冷たく重々しい。

「そんな…そんな…」

アダムは、顔面蒼白で震えるばかりだ。


ライはミオの方へ即座に視線を向けた。

「…薬師、怪我は?」


ミオは白い顔で、か細く答えた。


「…いえ、ありません……」


「……」

しかし脚首は腫れ、痛そうに立っているのをライは見逃さなかった。ミオの傍へと歩み寄ると、

ためらわず、その身体を抱え上げ、軍馬の背に乗せる。

ライはすぐさまミオのすぐ後ろに跨り、手綱を固く握った。


「リド、先に行く。――その馬鹿は任せた。」


「はいよ。」

リドは眉毛だけを上げて、未だ腰を抜かしているアダムの襟首をグイと掴み上げた。


二人を乗せた軍馬が、山道を駆け出した。

冷たい冬の風が、2人の頰に当たる。

ミオは白い顔のまま、馬上で俯き、肩を小さく震わせていた。

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