引いた手
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「おっ。ここに、マゼンタの葉があるよ!ミオ」
軍事演習の行程も無事に終わり、あとは山を下るだけとなった。山中の少し開けた場所での休憩中、ミオとシアンは薬草が沢山茂っている一角を見つけた。
思わず2人は目を輝かせる。
「本当ですね!休憩時間が終わるまでに、出来るだけ沢山採取しましょ!」
ミオは、早く早く、と声を弾ませ、茂みの中へ シアンを誘った。
「ミオ、元気だなぁ。僕もう足が棒だよ…。早く帰りたい。」
シアンは口を尖らせながら、プチプチと薬草を摘んでいる。
「ふふふ!だって採りたかった薬草が大収穫で嬉しいんですもん!」
ミオは満足気にニッコリほほ笑んだ。
***
その時、2人が草を摘む背後から、ネチネチと絡みつくような声が近付いてきた。。
「薬師、お前たち草摘みばっかしてて、本当に楽しそうで良いよなあ。」
ミオとシアンがゆっくり振り返ると、
声の持ち主――アダム・バイロンは、腕組みをしながら木にもたれてニヤニヤとこちらを見ていた。
シアンはゲンナリした顔でミオに視線を向ける。
(無視しましょう…)
パクパクとミオは口だけ動かす。
だが、アダムの執着は止まらない。
ニヤニヤしながら、崖際の草むらの一角を指さした。
「ほら、あそこに見えるの、さっきお前らが探してたダロスの葉だろ?
感謝しろよ。お前達の為に 俺も探してやったんだからさぁ…。」
ミオはその指先の方向を、ゆっくりと辿った。
崖下からせり出すように伸びた木の枝に、確かにダロスの葉が揺れている。
ただ、うっそうと茂る葉に隠れて、足場がほとんど見えない。
(どう見ても、近づいたら危ないわ…)
「早く取って来いよ。山育ちなんだから出来るだろ。」
その声に、シアンがピクリと肩を震わせ、ムスッとした様子で、一歩 ミオの前に出る。
「……おい、なんだよ今の言い方、嫌な奴だな」
「何だと!? 薬屋がバイロン家に楯突くのか!?」
アダムは鼻を鳴らし、荒い息を吐きながら、シアンとの距離を詰めた。
ミオは慌ててその間に滑り込む。
「…やめてくださいっ!…分かりました、手が届くか見てきます。」
そう言って、崖際に向かって小走りで進む。
アダムの口元に、ニヤリと笑みが浮かんだ。
(まんまと挑発にのりやがった…何、少し 背中を押して脅すだけだ…。)
──嫌な予感がした。
ミオは足元を確認しながら崖へと近づく。
(三日前の雨で、地面がゆるんでる…慎重に行かなきゃ…)
「おい、まだか?早くしろよ。」
アダムが、ミオの背後にぴったりとつきまとい、どこか焦れた様子で呟いた。
(そうだ…もっと崖際へ…)
アダムはミオの背中に視点を定める――
ゆっくりと手を上げ、
アダムが一歩、ズムッと足を強く踏みしめた。
その時――
「…アダム先輩!待って、止まって…!!」
ミオが何かに気が付き、顔を上げて叫んだ瞬間
足元の土が崩れ、アダムの体が前方にぐらりと傾ぐのが見えた。
「先輩っ!」
ミオは迷わず手を伸ばし、アダムの腕をがっちりと掴み、引き戻す。
アダムの体は辛うじて、地面に戻ったが──
次の瞬間。
ミオの体がふわりと宙に浮いた。
「…あ、」
引き戻した反動で、ミオの小さな体は崖の斜面から、静かに下へと吸い込まれていった――。




