白い息と不穏な風
冬枯れの山に、鳥のさえずりと白い息が舞う。
枯れ葉を踏みしめる規律正しい人々の足音が、静寂を割いた。
「ぼ、僕……もう無理だ……」
シアンがゼーゼーと肩で息をしながら、つぶやいた。
「シアン先輩、もうすぐ休憩ですから。あとちょっとだけ、頑張ってください!」
ミオは後ろからシアンの背中をグイグイと押してやる。
今日は、年に一度の合同軍事演習の日。
軍のさまざまな部隊に加えて、薬術院と医術院のメンバーが後方支援として同行する、特別な演習だった。普段、部屋に籠もりっきりの薬師達には
「地獄の行進」
と呼ばれ 毎年恐れられている。
けれどミオ違った、この日をずっと心待ちにしていた。
(久しぶりの山!やっぱり気持ちがいいわ!!)
軍の同行任務とはいえ、自然の中での採取活動に、胸が高鳴る。
「あ……あれは月下草!? こんなところに……!」
目を輝かせて駆け寄るミオ。そんな彼女の様子を、冷ややかな視線が横から刺していた。
医術院の若手医師、アダム・バイロン。
先日の研究発表会で、ミオの発表が高く評価されたことが、どうにも気に入らないらしい。
ミオに聞こえるように、わざとらしくブツブツとつぶやいてくる。
「……薬術院なんて、所詮はおばあちゃんの民間療法だろう」
「あんなのを評価するなんて、僕には理解できないな……」
その言葉にシアンがピクリと反応する。
「何だよ、アイツ…」
「まあまあ、シアン先輩、私は大丈夫ですから」
丸眼鏡をくいっと上げて、プンプン怒るシアンを横目に、ミオは苦笑いをうかべた。
(やっかみなんて、気にしていたら王宮の薬師なんてやってられないわ…。せっかく山に来たんだもの。トウキと、マーゼルの葉を見つけたら、絶対に採って帰らなきゃ!)
ミオは背中のリュックを背負い直し、気合いを入れた。
***
その頃、軍馬にまたがり先頭を進むライとリド。
「後ろの隊列、遅いな…大丈夫かね薬師さん達は…」
リドがちらりと後方を振り返った。
「今回、医術院も来てるんだろ?あのアダムとかいう男…」
「……」
ライは何も言わず、ただ前を見ている。
リドの脳裏に先月の薬術報告会でのアダムの態度が浮かんだ。
アダム・バイロン ―― 代々王家の医師を務める家柄の出だが、何かにつけ家柄を振りかざす態度は、実は評判は良くない。
アダムは、研究成果の内容だけでなく、ミオの出自や薬師という立場まで、馬鹿にするような言葉を投げていた。
(あの野郎、余計な事しないでくれよ…)
普段なら、あのような小物、相手にする価値もない――
だが、この時だけは、人の機微に鋭いリドの胸に、じわじわと嫌な予感が広がった。




