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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
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将軍とハッカ飴

「あんな……あんな大きな場所で、私、発表するの!?」


風に冷たさが混じる王都――

ミオはワナワナと肩を震わせながら、食堂のテーブルに突っ伏した。


彼女が王宮に招聘されるきっかけとなった、マヌガ蜂の応急処置と解毒剤の研究発表が目前に迫っていた。


先ほど、シアンと発表会場を下見したのだが……

あまりの広さに、ミオは完全に打ちのめされてしまった。


「ミオなら大丈夫!頑張りなよ」

クレアが背中をぽんぽんと叩いてくれる。


「質疑応答だけは考えとけよ〜。今回は医術院も来るだろ?矢のように質問が飛んでくるぞぉ」

「うぅ……」


シアンの言葉に、ミオの顔から血の気が引く。


──その時。

食堂の空気がピリリと変わった。


(騎士団だ……)


ガタイのいい男たちが集団で入ってきただけで、空気が一段重くなる。

だが、ミオの頭は迫り来る発表会の事でいっぱいだ。


「シアン先輩、数値化した図表の整理だけでも手伝ってもらえませんか!?」

「えぇ〜〜〜〜」



その時、ミオの頭上に、ひょいと軽快な声が降ってくる。


「おっ。薬師ミオ嬢!ねえ、ここ空いてる?」

リドが昼食を持って、向かいの席を指して立っていた。


クレアとシアンはギョッとした顔をする。


「? あ、はい。どうぞ…。」

(ひぇっ……!ミオ!断わんなさいよぉ!!)


「おっ!ライ、こっちこっち。席、空いてるぞー!」

そう言って、手をブンブンとある男に向けて振る。


 ザワッ――その一言に、空気がまた変わる。


騎士団と王宮の一般職員が同じテーブルにつくことなど、まずない。

それは暗黙の了解――騎士団の権威と一線を画す象徴でもあった。そして、その最高位にあるライが、リドの声に反応し、迷いなく、歩いてくる。


(嘘でしょ…)

クレアは息を呑み、シアンがシチューをゴフッと喉に詰まらせる音がした。ミオだけがポカンとした顔で2人の表情を不思議そうに見ている。


ライは一瞬、横目でミオを見る。

わずかに躊躇するようなそぶりを見せた。

しかし──

黙って椅子を引くと、リドの隣に腰を下ろし、ただサンドイッチをかじり始めた。


(わぁ、一口があんなに大きい…。あ、 手に傷…)


サンドイッチを持つ、傷だらけの無骨な軍人の手。

あの手の優しさがミオの脳裏に浮かび、

ミオの胸の中が温かくなる。


しきりにリドはライに話しかけるが、返事をするでもなく、将軍は黙々とサンドイッチを食べ続けている。

その横顔から、何故かミオは視線を離すことが出来なかった。


「何だ」


ゆっくりとライの横顔がこちらに向いた。

「……!!」


視線がバチリと合った途端、ドクリ と胸が鳴った。

「あの、えと…はい」


(どうしよう…言葉が詰まって 出てこない…。)

黙ってしまったミオの視界に、ニュッと腕が出てくる。


「ミオ嬢 この前やってくれたあの不思議な治療法さ、びっくりする位綺麗に治ったよ。ありがとね。」

ほら!とリドが袖を捲くり 見せてくる。


思わぬ助け船にミオはホッとした表情を浮かべた。


「良かったです。あれ、傷口を乾かさずに湿らせておくやり方なんですよ。身体の力だけで皮膚が綺麗に戻るんです。でもあれよりひどいようなら、やっぱり医術院へ行って下さいね。」

「はいはーい。」


肩をすくめてそう言うと、ライと共にサッと席を立って行ってしまった。


「び……っくりしたあぁぁ…」

「なんなの?何でこっちに…?ミオ、あんたよく無事だったわね。」

「……?」

未だよく理解していないミオ。

クレアとシアンは長いため息をつき、安堵の色を浮かべた。


***


その頃食堂を出たライは、視線を落としたまま、後ろから付いてきたリドに静かに言う


「…お前、ああいうのはやめろ。」

「何が」

「悪目立ちする」

「……お前が?それとも、ミオ嬢が?」

20年来、いつも自分の横にいるニヤけたこの男を、横目でギロリと睨む。

「あと…その呼び方も…やめろ」


ムスっとしたまま どこかへ行ってしまったライを、リドはひたすらニヤニヤしながら見送った。


***


薬草園の外れにある、陽の当たらぬ寂しい一角。

ライはいつものように、仮眠用の倒木に身を預けていた。


――誰かが近付く気配――


「……あ、オルグレン将軍。やっぱり、こちらでしたか。」


静かな声に目を開けると、すぐ側にミオがそっと立っていた。


「……どうした……」

「さっき、食堂でお見かけたした時……手の傷が、見えたので…」


視線を落とすと、ライの手の甲には、剣を弾いた際にできた浅い裂傷が残っていた。


「いい。かすり傷だ。」


「小さい傷でも、菌が入ると危ないんですよ。手、いいですか?」

そう言いながら既にミオはライの横に腰を下ろしている。


「……」

ライは少しの間、逡巡すると黙って手を差し出す。

ミオは手馴れた様子で腰元のポーチから何か取り出すと、テキパキと手当を始めた。

包帯を巻く細い指先に、ライの視線が捕らわれる。


「……研究発表、やるのか」


「はい。あの時の蜂の応急処置の方法と、解毒剤に使った薬草の調合が、他の症例にも適応できるんじゃないかって…。毎晩、記録と数値とにらめっこです…。」

ミオが苦笑する。


目の下には、うっすらと疲れの影。

ライはしばし沈黙したまま、それを見つめた。


「もう行きますね。」


手当を終え、ミオが立ち上がろうとすると、

ライが無造作にミオの腕を押さえた。

反対側の手で軍服のポケットから何か取り出す。


「……食え」


ハッカ飴――


ぽん、とミオの手のひらに落ちたそれに、ミオは目を三日月のように細めた。


「…ありがとうございます。オルグレン将軍」


ほのかに笑ったミオを見て、

ライはそっと目を閉じ、倒木に身体を預けた。


「その呼び方…」


「はい?」


「……いや、なんでもない。忘れろ」

「…?」

ミオは首をかしげる。

しかし、眠りに入った様子のライを見て ミオは軽くお辞儀すると パタパタと薬術院へ戻っていく。


ライはミオの心地よい声を思い返しながら、まどろみの中に落ちていった。









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