将軍とハッカ飴
「あんな……あんな大きな場所で、私、発表するの!?」
風に冷たさが混じる王都――
ミオはワナワナと肩を震わせながら、食堂のテーブルに突っ伏した。
彼女が王宮に招聘されるきっかけとなった、マヌガ蜂の応急処置と解毒剤の研究発表が目前に迫っていた。
先ほど、シアンと発表会場を下見したのだが……
あまりの広さに、ミオは完全に打ちのめされてしまった。
「ミオなら大丈夫!頑張りなよ」
クレアが背中をぽんぽんと叩いてくれる。
「質疑応答だけは考えとけよ〜。今回は医術院も来るだろ?矢のように質問が飛んでくるぞぉ」
「うぅ……」
シアンの言葉に、ミオの顔から血の気が引く。
──その時。
食堂の空気がピリリと変わった。
(騎士団だ……)
ガタイのいい男たちが集団で入ってきただけで、空気が一段重くなる。
だが、ミオの頭は迫り来る発表会の事でいっぱいだ。
「シアン先輩、数値化した図表の整理だけでも手伝ってもらえませんか!?」
「えぇ〜〜〜〜」
その時、ミオの頭上に、ひょいと軽快な声が降ってくる。
「おっ。薬師ミオ嬢!ねえ、ここ空いてる?」
リドが昼食を持って、向かいの席を指して立っていた。
クレアとシアンはギョッとした顔をする。
「? あ、はい。どうぞ…。」
(ひぇっ……!ミオ!断わんなさいよぉ!!)
「おっ!ライ、こっちこっち。席、空いてるぞー!」
そう言って、手をブンブンとある男に向けて振る。
ザワッ――その一言に、空気がまた変わる。
騎士団と王宮の一般職員が同じテーブルにつくことなど、まずない。
それは暗黙の了解――騎士団の権威と一線を画す象徴でもあった。そして、その最高位にあるライが、リドの声に反応し、迷いなく、歩いてくる。
(嘘でしょ…)
クレアは息を呑み、シアンがシチューをゴフッと喉に詰まらせる音がした。ミオだけがポカンとした顔で2人の表情を不思議そうに見ている。
ライは一瞬、横目でミオを見る。
わずかに躊躇するようなそぶりを見せた。
しかし──
黙って椅子を引くと、リドの隣に腰を下ろし、ただサンドイッチをかじり始めた。
(わぁ、一口があんなに大きい…。あ、 手に傷…)
サンドイッチを持つ、傷だらけの無骨な軍人の手。
あの手の優しさがミオの脳裏に浮かび、
ミオの胸の中が温かくなる。
しきりにリドはライに話しかけるが、返事をするでもなく、将軍は黙々とサンドイッチを食べ続けている。
その横顔から、何故かミオは視線を離すことが出来なかった。
「何だ」
ゆっくりとライの横顔がこちらに向いた。
「……!!」
視線がバチリと合った途端、ドクリ と胸が鳴った。
「あの、えと…はい」
(どうしよう…言葉が詰まって 出てこない…。)
黙ってしまったミオの視界に、ニュッと腕が出てくる。
「ミオ嬢 この前やってくれたあの不思議な治療法さ、びっくりする位綺麗に治ったよ。ありがとね。」
ほら!とリドが袖を捲くり 見せてくる。
思わぬ助け船にミオはホッとした表情を浮かべた。
「良かったです。あれ、傷口を乾かさずに湿らせておくやり方なんですよ。身体の力だけで皮膚が綺麗に戻るんです。でもあれよりひどいようなら、やっぱり医術院へ行って下さいね。」
「はいはーい。」
肩をすくめてそう言うと、ライと共にサッと席を立って行ってしまった。
「び……っくりしたあぁぁ…」
「なんなの?何でこっちに…?ミオ、あんたよく無事だったわね。」
「……?」
未だよく理解していないミオ。
クレアとシアンは長いため息をつき、安堵の色を浮かべた。
***
その頃食堂を出たライは、視線を落としたまま、後ろから付いてきたリドに静かに言う
「…お前、ああいうのはやめろ。」
「何が」
「悪目立ちする」
「……お前が?それとも、ミオ嬢が?」
20年来、いつも自分の横にいるニヤけたこの男を、横目でギロリと睨む。
「あと…その呼び方も…やめろ」
ムスっとしたまま どこかへ行ってしまったライを、リドはひたすらニヤニヤしながら見送った。
***
薬草園の外れにある、陽の当たらぬ寂しい一角。
ライはいつものように、仮眠用の倒木に身を預けていた。
――誰かが近付く気配――
「……あ、オルグレン将軍。やっぱり、こちらでしたか。」
静かな声に目を開けると、すぐ側にミオがそっと立っていた。
「……どうした……」
「さっき、食堂でお見かけたした時……手の傷が、見えたので…」
視線を落とすと、ライの手の甲には、剣を弾いた際にできた浅い裂傷が残っていた。
「いい。かすり傷だ。」
「小さい傷でも、菌が入ると危ないんですよ。手、いいですか?」
そう言いながら既にミオはライの横に腰を下ろしている。
「……」
ライは少しの間、逡巡すると黙って手を差し出す。
ミオは手馴れた様子で腰元のポーチから何か取り出すと、テキパキと手当を始めた。
包帯を巻く細い指先に、ライの視線が捕らわれる。
「……研究発表、やるのか」
「はい。あの時の蜂の応急処置の方法と、解毒剤に使った薬草の調合が、他の症例にも適応できるんじゃないかって…。毎晩、記録と数値とにらめっこです…。」
ミオが苦笑する。
目の下には、うっすらと疲れの影。
ライはしばし沈黙したまま、それを見つめた。
「もう行きますね。」
手当を終え、ミオが立ち上がろうとすると、
ライが無造作にミオの腕を押さえた。
反対側の手で軍服のポケットから何か取り出す。
「……食え」
ハッカ飴――
ぽん、とミオの手のひらに落ちたそれに、ミオは目を三日月のように細めた。
「…ありがとうございます。オルグレン将軍」
ほのかに笑ったミオを見て、
ライはそっと目を閉じ、倒木に身体を預けた。
「その呼び方…」
「はい?」
「……いや、なんでもない。忘れろ」
「…?」
ミオは首をかしげる。
しかし、眠りに入った様子のライを見て ミオは軽くお辞儀すると パタパタと薬術院へ戻っていく。
ライはミオの心地よい声を思い返しながら、まどろみの中に落ちていった。




