ミズツバキが揺れるころ
「やったあ!ミズツバキがこの時期にこんなに収穫できるなんて…!」
モスグリーンのケープをかぶり、足取りも軽く下山する一人の女。
ミオ・サイラス
ミオは山あいの村で診療所を営んでいる薬師だ。
この日は、予想外の収穫にホクホクした気分で帰路を急いでいた。
背負いかごの中には、溢れんばかりのミズツバキの葉。鎮痛、消炎作用があり、ミオの治療には欠かせない薬草だ。
村まであと少し、しかし 山道の先に見慣れぬ人だかりが見えて来た。
「…あの制服、騎士団の方たちだわ。演習中かしら…早く通りすぎた方が良さそうね。」
そう呟き 歩を速めた瞬間、一人の騎士が首を押さえて倒れこんだ。
「う…ぐっ。首が…!!」
「お、…おいっ!どうした、しっかりしろ!!」
倒れた騎士の周りに人だかりが出来る。
ミオは背負っていた籠を即座に降ろすと、迷わず輪の中へ飛び込んだ。
「…待って!待って動かさないでっ!!」
−−−騎士の首は赤く腫れ上がり、呼吸は浅く、苦しそうに顔を歪めている。そして指先の震え−−−。
(この腫れ、呼吸困難に痙攣…神経毒ね…マヌガ蜂だわ)
ミオは確信したように頷く。
「…おいっ!お前は何だっ?村人か!?」
ハッとしたように一人の騎士が聞いてくる。
「私は村の薬師です!彼はマヌガ蜂に刺されたものと思われます。今すぐにでも毒針を抜かないと、彼は呼吸困難で命を落とします。」
見守る騎士達に、動揺が走る。
ミオはポーチからピンセットと布を取り出した。
(あぁ、…消毒液があれば…)
焦ったように辺りをぐるりと見渡す。
その緊迫した空気を断ち切るように、一頭の黒馬が土煙を立て、山道を駆け降りてきた。
漆黒の騎士服に身を包んだ男はひらりと馬から降りると、無造作に髪をかき上げ 倒れた兵士の方向へ視線を向ける。
眉間にシワを寄せながら、その大きな男はツカツカと近付いてきた。自然に人だかりが二手に別れる。
「将軍…っ!」騎士達がざわつく。
「何が起こった。状況を説明し−−−」
「あぁっ!そこの顔の怖い人っ!!
あなたの腰に下げてるの!火酒か何かですかっ!?」
−−それが、
ヴァンデール帝国随一の将軍ライ・オルグレンと薬師ミオ・サイラスの出会いだった。