白い手と薬包紙
ミオの王宮薬術院での仕事が本格的に始まり、数週間がたった。
最初は同僚や先輩薬師も、村の薬師であるミオを訝しげに見ていたが ミオの謙虚に働く姿勢や高い技術力が受け入れられ 少しずつ薬術院の仲間として認められてきていた。
王宮での薬師の仕事は、想像以上に多岐に渡る。
朝一番の薬草庫の在庫確認、足りない薬草の調達。薬の調合。外来患者の応対をし、合間には薬草園での手入れや収穫作業にも追われる。
自分の研究や記録の整理にも取り組まねばならない。
ミオは毎日ヘトヘトになりながらも、大好きな薬草に囲まれ、充実した日々を送っていた。
***
「ちぇっ。今日はジコの根の成分の新しい抽出方法を研究したかったのに。騎士団帰って来ちゃうんだもんなあ。」
「今日は忙しくなりそうですね…。怪我人が少ないといいんですが…。」
騎士団から早馬があった。国境近くの村で起きていた内乱は すでに制圧された為、
昼には王都へ着くとのことだった。
「騎士団 」という言葉にミオは薬草を束ねる手を一瞬止めた。
(将軍は…大丈夫よね。凄く強い方だし…。)
ミオは不安を振り払うように ギュッと紐を強く結んだ。
***
昼過ぎの薬術院は遠征帰りの騎士達でごった返していた。外傷を負った者は医術院へ、身体の内側の不調を訴えるものは薬術院へ回される。
「すみません、軽症のかたはこちらへお願いします!」
「足の腫れですね…ちょっと触ってもいいですか?
シアン先輩、まだ逃げないでくださいっ!!」
外来担当のミオとシアンは右に左に大忙しだ。
西日が窓に差し込む頃――
治療を終えた兵士達が続々と帰って行った。
残るは、あと一人。
診察室の小さい椅子にドッカリと座る1人の垂れ目の男。
ミオはその顔に見覚えがあった。
(山の中で将軍にリドと、呼ばれてた方だわ…)
「薬師さん、これ見てくれる?」
ズイッと腕をミオの目の前に、出してくる。
血は止まっているものの、パックリ切られた生々しい傷跡。
「これは…医術院の方へ行ったほうが良くないですか?今連絡しましょうか」
「あ〜っ!やめてやめて!あいつらすぐ縫いたがるんだもん。大丈夫っしょ」
「縫ったほうが綺麗に治りますよ」
「いいよ。面倒くさいから」
ミオは、うーんと困ったように笑うと、何やらネバネバしたものをリドの腕にたっぷり塗り付け、薄い繊維状の葉であてがい 包帯を巻いた。
「毎日必ず来てください。
この湿布には滅菌と傷口の再生を促す成分が入っているんです。傷口を絶対に乾かさないで下さいね。」
「うえー、毎日か…」リドは苦笑いをして腕を見つめる。
しかし包帯を巻き終わっても何故かリドは動かない。
「…あの?診察は終わりましたが…」
「んーっと あのね?なんつーかその もう一人? ちょっとその 具合悪い的な? 薬師さんにちょっと診てもらいたい的な奴がいるっていうか?」
ミオは リドが言う "奴" をすぐに理解した。
動揺を抑えつつ、努めて冷静に答える。
「あ、でしたら…すぐに薬術院に来てくださるよう…」
「来ると思う!? あいつが?絶対にないっ!!
…薬師さん、悪いんだけど、ちょーっと頼まれてくれない!?」
手と手を合わせて拝むようなポーズをするリドに、
ミオはただ困ったように苦笑いをするしか無かった。
***
王宮の薬草園の外れに、風変わりな一角がある。
そこだけは 木々がうっそうと繁り、日も差さず 地面は一面深緑の苔がむしている。
ねじれた枝の枯れ木と、奇妙な形の葉をつけた植物が入り混じるその場所は ライがよく仮眠に訪れる場所だ。
連日の遠征―今回は制圧が比較的早かった。しかし
野営が続くと さすがのライも疲労がたまる。加えて額の傷も時々こうして熱を持ち、 ジクジクと疼く。
ライはまどろみの中で、自分に近づく気配を感じていた。さく、さく、と地面を踏む音
(だれだ…リドか…?)
疲れから目を開けるのがおっくうで、瞼を閉じたままその気配へ言う。
「…リド 大丈夫だ もう戻る−−」
一瞬 空気が躊躇し 気配が静止する
(違う リドじゃない まさか−−−)
瞼を開けた瞬間 白い影が視界をかすめる
パシッ ほぼ条件反射でその影を掴むと ライはガバっと勢い良く起き上がった。
「ひゃあっ!」
アイボリー色の何かが後ずさった。 フードが外れ、ポニーテールの栗毛が柔らかく揺れた。
「ミ…いや、薬師」
つい呼びそうになってしまった名前。ライはハッと口元を手で押さえた。
「…なぜ、ここにいる…」
「あ、その…オルグレン将軍が体調がよろしくないと うかがって…その はい …」
何故か叱られたような顔をするミオ
(リドか−−)
「チッ…」
リドのおせっかいに舌打ちが無意識に出た 。
「すみません…。」
「…何で謝る…」
「あっ、え?…何ででしょう。その 私が王宮に来たこととか…不快に…あの、オルグレン将軍…」
「なんだ」
「その…手 離してもらっても いいでしょうか…」
言われて初めてライは自分の手元を見下ろした。
華奢な白い手首を、自分のゴツゴツとした指がしっかりと掴んでいる。
(……駄目だ。今すぐ 手を離せ)
肌に残る温もりを振り切るようにライはパッと手を放した。
同時に、つい今しがたミオが口にした言葉が気になった。
(…不快?何を言ってる…。 薬草園で言ったのは そういう意味じゃない…)
そう言おうとしてふと視線を上げた瞬間 はっとした―ミオが心配そうに自分の顔をのぞき込んでいる。
そして、額の傷に触れようとする白い指先。
咄嗟に上半身を後ろに引くライ。
ミオは、一瞬キョトンとすると、ハッと何かに気付いたようにワタワタと手を引っ込めて、慌てて頭を下げた。
「……あっ、…熱が出てるんじゃないかと思って……職業病で…すみません!!」
ライはじっと彼女を見下ろしていた。
申し訳なさそうに視線を下げるミオ。
——なんで、そんな顔をする。そんなに謝る。
そんな顔をさせてしまう存在なのか 俺は─
「…もう戻る」
ザッとライは 立ち上がった。ミオに背を向け ズンズンと歩く。
元いた場所に戻ろう 土ぼこりと汗と血の場所に−−
「あの…将軍」
気がつくと、ミオが自分を追いかけてすぐ背後に立っていた。
両手を前に差し出す——その手の中には、いくつかの小さな紙包み。
薬草を包んだ、見慣れた茶色の包み紙だった。
「頭痛薬です」
何故かこの時ばかりは真っ直ぐ ライの目を見つめてきた。
(――ああ、やっぱりこの目だ 。)
夕暮れの海を思わせる、アンバーの瞳
ライは数秒、その目を見つめ返してから
何も言わず、ミオの手から小さい薬包紙を受け取った。ミオが、ほっとするように目元を和らげた。
「この薬、とても苦いんです。だからこれも。」
ライの手の平に ちょんと一つ、飴玉を置く。
「……もう戻れ」
ライは飴玉を見つめたまま、ポツリと言う。
声は低い――だが妙に優しかった。
ミオは口元に、わずかに笑みを浮かべて頷いた。
「はい。将軍」
ライはミオに再び背を向け、歩き出す。
ポケットの中、薬包紙がカサカサと音を立てる。
その音を聞いていると、なぜだか 頭痛が少し治まったような気がした−−




