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沈黙の将軍と返り花  作者: 青嵐
第二章
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狼の群れ

「…ただいまぁ…」

ミオは力なく宿舎の部屋のドアを開けた。

そのままベッドに倒れこむ。

頭の中は、先程の薬草園での出来事でいっぱいだ。

自分に向けられたあの厳しい目 困惑した表情……

一瞬 村で会ったあの将軍とは別人かと思ったほどだ。

(…何故来たって言われた…来たら…迷惑だったのかな…。村の薬師ごときが…って意味? ううん そんな事言う人じゃない きっと…。)


1日の疲れが身体を鉛のように重くさせ、自然と瞼が重くなる。

(王宮と村は違うもの、わきまえなきゃ ちゃんと…)


そのまま泥の中へ引きずりこまれるように、ミオの意識は沈んでいった。


***


「ミオーッ!こっちこっち!席空いてる!!」


−−それから数日後 昼時の食堂は今日も活気に満ちている。王宮で働く様々な専門職の人間が集まるこの場所は いつも笑い声と、美味しい匂いに包まれている。

ミオを呼ぶ快活な声の主は

ルームメイトのクレアだ。

実家は王都で評判の仕立て屋で

クレアは跡取りとして王宮の衣装部で 日々腕を磨いている。

「クレア お待たせ。ごめんね!薬の調合が長引いちゃった。」

「お疲れ様! どう? 少しは慣れてきた?」


ミオは昼食が載った盆をクレアの横に 置くやいなや、嬉しそうに喋り始めた。


「覚えなきゃいけない事は、まだたくさんあるの。

でもね、村では見たことのない異国の薬草も扱えるの!書庫にはね、読みたい文献や過去の実験の資料ももいっぱいあって、時間が足りないくらい!」


目をキラキラと輝かせ、饒舌に語るミオ


「わぁ……ミオも立派な薬草オタクね……」


横目で呆れたようにため息をつくクレア。


「私 “も”?」


「えっ、あ……いや……」


ごほん、と咳払いをしたクレアは何かを考えたあと、一瞬ニヤリとする。


「で、どう? カッコいい人いた?」


ミオは目を丸くし、困惑した表情でクレアを見る。


「クレアったら……。今は仕事を覚えるので精一杯で、薬草しか目に入らないわよ……」


「ふーん、さすが薬草オタク。心配ないかあ。……でもね、ミオ」


さっきまで笑っていたクレアが、少しだけ声のトーンを落とす。


「……騎士団の奴らには気をつけなさいよ」


「えっ……? それって、どういう――」


つられてミオまでヒソヒソ声になる。


「王宮にはね、騎士団の男に憧れる女の子、た〜っくさんいるんだけど……

中には、手癖の悪いヤツもいるからさ。」


何かを思い出したように、クレアはしかめっ面でパスタを口に運んだ。


「――あ、ほら! 噂をすれば!」

ミオはクレアが指差す方向へ視線を向けた。


***


彼らが食堂へ入ってきた瞬間、ざわっと空気が揺れる。

明るい笑い声が上がる食堂の雰囲気に、氷粒を落としたような緊張−−−


皆の視線の先には騎士団の一行。そしてその中心にいるのは、ライ・オルグレン

華やかな騎士服に身を包んだ一団の中で、ただ一人だけ軽装なのにも関わらず その場にいる誰よりも視線を集めていた。


(……)


一瞬だけ、視線が交錯した気がした。

けれどミオは反射的に目を逸らし、黙ってスープをすくった。


(違う人みたい……)


村で見た彼とは、纏っている空気がまるで違う。

あんなふうに親しげに話しかけてはいけない人だったのに……

自分は、なんて恐れ多かったのだろう。


ミオは、スープを無理やり飲み込んだ。

けれど、味はよく分からなかった。


***


食堂に足を踏み入れた瞬間、自然とざわめく空気。

自分が一歩進めば、空気を切り裂くように人が割れる。


煩わしさも優越感を感じた事も一度も無い。いつも自分はその場にとけ込まない 異質なもの−それがライの日常だった

……そのはずだった。


(――いた)


遠くの席に、見覚えのある横顔。華奢な肩。

栗色の髪。


ほんの一瞬、視線が合ったように思えた。

だが――彼女はすぐに目を逸らした。


――拒絶の意。


その瞬間、胸の奥が鈍く痛んだような気がしたが、ライは気づかぬ振りをした。


空いた席へ腰を下ろすと、若い騎士たちがソワソワしている。


「……あの子が例の新人薬師だろ……」

「あの蜂の件の……けっこう可愛いよな」

「配属は?薬術院? 軍属か?」


……ライは無言で、ゆっくりと彼らを睨んだ。


「今度、声かけて……あ、失礼いたしました!!」


ライの視線に気づくやいなや、笑っていた口元が気まずそうに引き結ばれ、居住まいを正す騎士たち。


だが、ライの胸中は若い騎士たちのことなど どうでもよかった。


あの村で見た笑顔は、今では警戒の色しか見えない

――いや、そうさせたのは 自分自身だ。

これでいい。

近づかない方がいいと分かっている。

なのに視線だけが彼女を追ってしまう−−


ライは、目の前の冷めたスープを無理やり口に運んだ。


スープは、何の味もしなかった。

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