狼と再び
「はーい、右手に見えますのはグレートホール。 式典、舞踏会、何でもやるよぉ」
「次は正面 奥の塔にご注目を〜。あちらは通称“秘密の塔” スパイの連絡基地と呼ばれておりますぅ。」
(舞踏会にスパイに…子どもの頃読んだ物語の世界のようだわ)
目を輝かせるミオ。
「スパイって本当にいるんですね!あの塔で何してらっしゃるんですか?」
「知らん」
シアン・リンデル先輩の不思議な“王宮ツアー”
どうやら、昼食時に分けてあげたサンドイッチのお礼らしい。
昼休みの残り時間で、ツアーガイドを申し出てくれたのだ。
(ちょっと変わってるけど……いい人だな)
ミオは、ボサボサ頭の風変わりな先輩について行きながら、王宮の華麗な世界を目に焼きつけていた。
「ほら、剣技場が見えて来た。まあ、こっちは僕らに関係無いけど…」
そう言って 通り過ぎようとした瞬間
ミオの耳に、どこからか
カンカン!と金属を強く弾く音と、熱気に満ちた掛け声が聞こえて来た。
隣を歩いていたシアンがピタリと立ち止まる。
「ん? あっ、そうだ! 今日、剣術大会の日じゃないか。せっかくだから見ていこうよ。」
クイッと眼鏡を押しあげて、ズンズン進んでしまうシアン。
慌ててミオも、その背中についていった。
***
−−広大な練兵場。
砂煙と金属の打ち合う音、そして観客席を揺らすほどの大歓声。
その中心に、ライ・オルグレン将軍の姿があった。
相手の呼吸、間合い、全てを見極める。
そして空気を断ち切るように−−ライは鋭く剣を振るう。
その剣の鋭さに耐え切れず、対戦相手が一瞬バランスを崩した。
(今だ−−)
ライの剣が最後の一撃を振り抜いたその瞬間――
ふと 視界の端に映ったのは、やわらかな栗色の髪と忘れられなかった あの瞳。
(まさか…いや、でもあれは…)
まるで幻のようにこちらを見て そしてくるりと背を向けていく。
そのライの一瞬の動揺を突くように、対戦相手の剣先が目の前に迫る。
咄嗟に身を捻った。
「くっ──!」
肩にジッと焼けつくような痛みが走る
(クソッ 何やってる 集中しろ!!)
それでもライは、 あの幻のような面影から 意識を離す事が出来なかった−−
***
「それでは、また明日よろしくお願いいたします!」
なんとか初出勤を終えたミオの足は、自然と昼に訪れた薬草園の方へ向かう。
(少しだけ……薬草園を見て帰ろう…)
夕暮れの薬草園は昼とは違う穏やかな表情をしている。しっとりとした風の匂いに薬草の香り…ミオは大きく息を吸った。
(素敵ね、やっぱり落ち着くわ。…あっ、あの背の高い葉は何かしら?気になるわ… )
ミオは自分の身長より高い茂みの一角へ足を伸ばした。
−−その時
ガシッ。
不意に、太く冷たい手がミオの腕を掴む。
「ひぇっ……!」
そのまま茂みの中へと引き込まれ、目の前に現れたのは――
狼のように鋭い、あの灰色の瞳。
ライ・オルグレン
その目はどこか険しく、感情を押し殺すようにミオを見つめている。
「……あっ!……ライ…オルグレン将軍!!お久しぶりでございます……」
ぎこちない笑みを浮かべながら、ミオがかろうじてそう言った、その直後。
「……何故来た」
ライの声は低く、張りつめていた。
ミオは一瞬、言葉を失ったように口を開いたまま、真っ直ぐにライを見る。
「……よばれたので……」
どこか上の空のような声で、ミオはそう答えた。
二人の視線がぶつかり、時が止まったかのような瞬間
ミオはそれ以上何も言わず一礼をすると、ライに背を向け 薬草の影へすっと消えて言った−−




