突風
−−それは突然だった。
患者が途絶えた昼下がり、診療所の入口に現れた一人の使者−−
「ミオ・サイラス殿。
王宮薬師団より、招聘の命が出ております
「しょうしゅう……? 私が、ですか……?」
薬草を煮出していた手を止め、ミオは目を丸くする。
(なぜ私に……? もしかして、あの時の…蜂の件……?)
「サイラス殿。
貴殿の薬草への深い理解と経験を、王宮にて是非活かしていただきたい。
陛下より直々のご下命です。これは大変な名誉!」
使者は 「また日を改めて返事を聞きに来る」とだけ告げ 診療所を去っていった。
ミオは診療所の扉に持たれかけながら しばらくの間ぼんやり立ち尽くす
* * *
「いくんじゃ、ミオ!」
背後から薬壺をドンと置く音に肩を跳ねさせると、そこにはカミラばあちゃんが立っていた。
ミオは動揺を隠すように笑いながら、作業台まで戻る。
「何言ってるの、おばあちゃん。……診療所があるもの……村のみんなはどうするの?」
「だーいじょうぶじゃ。まだまだワシは現役じゃぞ!」
カミラは腰に手を当て ミオの側までツカツカ歩くとミオの目を真っすぐ見て言った。
「ミオ…アンタが両親の遺したこの診療所を大切にしてるのは よーく分かっとる。
だがな、世界はここだけじゃない。王都へ行って、新しい技術を学び、沢山の患者や人に会ってこい!
その経験すべてがお前の人生の財産になる!!
ミオならやれる。ワシの自慢の弟子じゃ!」
「おばあちゃん……」
ミオの目に熱いものが込み上げてくる。
「おばあちゃん、わたし−−」
「さあさ!働く働く!また忙しくなるよ!」
カミラはごまかすように鼻をすすりながら 診療所奥へと消えて行った。
* * *
その晩ミオは眠れず、ローソクを片手に診療所の中を見回していた。
優しい灯りに浮かび上がる 薬草達。
見慣れた薬壺に、見なくても開けられる薬棚
ここを離れる?本当に?
(私に……できるかしら)
王宮。薬師団。陛下の命。
見知らぬ世界、村とは違う世界−−
期待と不安、ミオの胸の奥がざわついていた。
ほんの少しだけ、あの不思議な灰色の目を思い出す。
だがすぐに胸の奥へそっとしまい込んだ。
「……不安だわ。…ううん、薬師として出来る事がもっとあるのなら…」
ローソクの明かりに決意を秘めた横顔が浮かぶ。
* * *
それからほどなくした 快晴の空の下−−
「行ってきます!!」
大きな荷を背負い、診療所を背に立つミオの姿があった。
「ファイトじゃーっ!!」
カミラばあちゃんが笑顔で薬草を持った手を突き上げた。ミオは振り返り、精一杯の笑顔で元気良く手を振る。
不安と寂しさ−−
けれど、それよりも
まだ見たことのない世界、薬師としての成長−−
ミオは、頬を一筋伝う涙をそっと拭い まっすぐに前を向く。
そして王都へと続く新たな一歩を踏み出した−−




