酒に歪んだ愛
クリスマスが終わりもうすぐ大晦日を迎えようと
していた夜のことだった。
今年もようやく終わる、いやぁ、実に長かったな。
なんて思いながら街中を歩いていた。
俺には行きつけの居酒屋がある。
今年もこの居酒屋で酒納めをしよう。
と思いながら入店、店内は大勢の客で賑わっている。
俺はひとりでゆっくりと飲みたかったので
店の隅のカウンター席に座りたいと店員に頼み
そこに座って、さっそくビールを頼んだ。
賑わっていながらも提供は早かった。
最初はおつまみなどは頼まず、ビールだけ。
それは俺の中の変な決まりみたいなものだった。
うむ、美味い、やはりここのビールは格別だ。
ビールの美味さにもうさっそく酔いそうだった。
しかし、店内はとても賑やかなことだ。
そりゃそう、年の終わりかけの居酒屋だもの。
忘年会であろう会社の団体や酔い潰れた大学生。
ひとり寂しく、酒に負け眠ってしまっている人や
老夫婦が度数の弱いお酒で乾杯している。
そんな感じの店内であった。
そんな中、カップルが3組ほど飲んでいた。
そのカップル達はとても幸せそうな笑顔を
相手や杯に見せていた。
そんな光景を見て、自分の過去の恋愛を振り返る。
とはいっても、俺は恋愛をしたのは一回きり。
あれはもう5年も前の冬のことであった。
仕事から疲れて家に帰ると、留守電が一件入ってた。
彼女からだった。
「もしもーし、話があるんだけど、仕事終わったら
私のアパートまで来てくれるかしら?あぁ、いちいち連絡よこさなくてもいいからさ。もしこの留守電を聞いて、来れるならそのまま来て欲しい。来れないなら今日はそのまま寝てしまってもいい。明日私からあなたのアパートへお邪魔しますから。では。」
という彼女からの留守電が入っていた。
俺が帰宅する一時間ほど前に入っていたのだ。
この留守電のときの彼女の声は、孤独や寂しさを
僕に訴えかけるようなか弱い声に聞こえた。
その日は金曜日だった、明日は仕事が休みであった。
仕事でたしかに疲れ果てているが、俺は冷蔵庫から
冷えたお茶を取り出し、5口ほど飲んだ後
すぐアパートから飛び出して、車に乗りこみ
彼女が住むアパートへと急いだ。
やはり、金曜日ということもあり道が混んでいた。
一刻も早く、俺は彼女に会いたかった。
寂しさに震えている彼女を抱きしめたかった。
俺の持っている、ぬくもりと優しさで包みたかった。
だが案の定、大きい交差点の赤信号に6回も
捕まる始末であった。
赤信号に捕まるたびに、彼女を抱きしめる時間が
遠のいていく苦痛に、僕はなんとか耐え
ようやく、彼女が住むアパートに着いた。
車を急いでとめ、降り、彼女が住む部屋へ急いだ。
僕は手を伸ばし、ノックした。
「ゆら!俺だ!待たせたね、開けておくれ。」
彼女は、すぐドアの鍵を開けて俺を入れてくれた。
彼女とおうちデートをするときのいつもの位置に座り
「っで、話って何かな?」と尋ねた。
彼女は重い口を開いて、言った。
「あのね、私、隠してて悪かったんだけどさ。
余命がもう終わっちゃうんだ。」
この上ない衝撃発言に、俺は固まった。
世界から色、時間がなくなったような気持ちだった。
「う、嘘でしょ…。」としか俺は言えなかった。
彼女は今まで溜めてきたであろう大量の涙を
流しながら話を続けた。
「私、難病だったの、お医者さんにも、絶対回復しないって、はっきり目を見て言われたの。それから私はもう誰とも関わらないで生きていくつもりだったんだけど。神様っていじわるね。こうやって死ぬ間際にかっこいい男性と恋に陥らせてくれるんだもの。まぁ、とにかく、余命は今日までなの。あの時計が0時を回ったら、私は確実に死ぬのよ。だからせめて、私が死ぬ前にあなたと別れたかったの。そうすればあなたも前付き合ってた彼女が付き合ってる最中に死んだってふうにはならないじゃない?別れてから死んだってなるでしょ?だから後味スッキリさせるためにも、ね?お別れしましょ?」
震えた声で彼女は長々と俺に話してくれた。
僕はしばらく考えて、こう言った。
「ゆらとは別れない。絶対に。俺は今まで恋愛なんかとは無縁で生きてきたのに、こんな天使のような可愛い女性とお付き合いできたことが、どれだけ嬉しく、どれだけ幸せだったことか。別れるってことはさ、この幸せが終わるんだよ?俺はそんなの嫌さ、絶対嫌さ。だから別れない、この愛は永遠に続かせよう。」
と、ゆらの目をしっかり見て言った。
お互い強く抱きしめながら泣いた。
何度も泣き、何度も抱き合い、何度も口付けた。
そして、0時が近づいてきた頃
俺はゆらと一緒にダブルベットに入った。
お互い、最後に交わした言葉は
「おやすみ、永遠の愛すべき人よ。」だった。
そのままふたりは眠りについた。
だが、ゆらはその眠りから覚めることはなかった。
朝俺が目覚めると、ゆらは冷たくなっていた。
だがその最後の顔は、優しく美しかった。
俺はゆらの手を握り締め、泣き崩れていた。
そのとき、泣きながら俺は決めた。
「俺はこの人以外を愛してはいけない。ゆらを絶対愛し続けないと。」
そんなことから5年。俺が飲んでいたビールの杯は
水滴と涙で濡れていた。
俺は涙をぬぐい、この日もひとしきり飲んだ。
だがなぜか涙がまた出てきた。
大丈夫さ、俺が死んだら天国で、愛の続きをしよう。
賑やかな居酒屋に、涙で歪んだ愛が漂っていた。