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こわいはなし  作者: 春待
2/2

棺桶

 妻を殺した。

 原因は、取るに足らないこと。俺が浮気をしていると思い込んだ妻が、ヒステリーを起こしたのだ。

 そんな事実はどこにもないのだが、俺が何を言っても妻は聞く耳を持たない。泣いて、喚いて、暴れて、果てには包丁を持ち出してきた妻を、もみ合いの末に刺し殺してしまったのである。

 薄暗い部屋で、血液にまみれて動かなくなった妻を見下ろしながら、俺は葬儀の段取りを考えていた。通夜とか、葬式とか、四十九日とか。しかし今は仕事のほうが忙しく、喪主をしている暇はない。

 とりあえず冷凍庫にあった食材を全て捨てて、そこに妻を押し込んだ。葬式をする暇ができるまではここで待っていてもらおう。苦悶の表情のまま冷えていく妻の、青白い頬にキスをした。

 その夜は疲れのせいかよく眠れた。やはりデスクワークばかりでは体に悪い。時には体を動かすことも大切である。

 翌朝。アラームの音で目を覚ますと、一匹の蛇と目が合った。黒々とした大きな蛇が、俺の顔を覗き込んでいる。しばらく見つめあった後、蛇は音もなく動いて俺の首に巻き付いた。

 蛇の体はとても冷たく、そして重い。声をあげることもできず、震えが全身を巡る。このまま締め上げられて死ぬのだろうかと、むしろそうしてくれとさえ思った。

 しかし、蛇は俺を殺そうとはしなかった。むしろ甘えるように、俺の頬に頭を擦り付けてくる。俺は蛇を刺激しないようにゆっくりと起きあがり、スマートフォンに手を伸ばした。こういう場合は市役所に相談すればよいだろうか。

 その途端に、首の肉がぎゅう、と音を立てた。息ができない。スマートフォンが手のひらからこぼれ落ちる。

 蛇だ。蛇に、首を絞められている。

 頭部に血液がたまり、じわじわと耳鳴りがする。蛇を引きはがそうと鱗に爪を立ててもびくともしない。

 視界にノイズが走り、腕に力が入らなくなり、それから、何も聞こえなくなった。


 蛇が首に巻き付いてから三日目。蛇は俺の首から離れようとしない。その間、俺は何度も首を絞められ、何度も意識を失った。

 いつ首を絞められるか分からない生活というのはストレスがたまるものだ。ただ、なんとなくわかってきたこともある。

 蛇は、俺がスマートフォンを触ることを嫌がる。外に出ようとすることも。パソコンに触ることも。とにかく俺を家の中に閉じ込めておきたいらしい。

 家の外に意識を向けなければ、蛇が攻撃してくることはない。しかし、いつまでも家の中に閉じこもっているわけにはいかないのである。これ以上無断欠勤を重ねるわけにはいかないし、何よりこのままでは飢え死にしてしまう。

 冷凍庫は使えないので、今ある食材はすぐに傷んでしまう。買い物にも行けないし、通販を利用することもできない。こんなことなら、さっさと殺してくれればいいのに。

 蛇の様子をちらりと伺うと、目が合う。蛇は赤い舌をちろちろと揺らして、黒々とした目を嬉しそうに細めた。

 腐臭にまみれた家で、今日も生きている。

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