あまくておいしい
カニバリズムの表現が含まれます。
ある夜、帰宅した私が見たのは妻の腕の形をしたチョコレートだった。
いや、正確に言えば、妻の胴体からチョコレートでできた腕が生えていた。
「おかえりなさい。」
妻が鍋をかき混ぜている。妻の腕から溶けたチョコレートがぽたり、ぽたりと落ちていく。チョコレートが、妻の腕が、みそ汁に混ざり溶けていく。その日の食卓に並んだ料理たちはいつもより滑らかで、私の中にとろりと染み込んだ。
その日から、妻の身体は段々と菓子に取って代わられていった。
眼球は飴玉。爪は氷砂糖。胸部はフルーツゼリー。胴はロールケーキ。脚はチューイングキャンディ。
家の中には甘い匂いが充満し、それは日を追うごとに濃くなっていく。
私は、ことあるごとに菓子を購入するようになった。
飴を舐めれば、氷砂糖をかみ砕けば、ゼリーを啜れば。そのたびに私の心は甘露で満たされる。私は毎日、毎日、大量の甘味をむさぼった。
しかし、初めてチョコレートの腕を見てから一月ほどたったころだろうか。とうとう身の内にくすぶる衝動を誤魔化すことが難しくなってきた。そう、誤魔化していたのだ。妻が菓子の姿になったのは、私の欲望を写しとったからに違いない。
きっと妻の血は、ホットチョコレートのように甘いだろう。肉だって、グミのように私を楽しませてくれる。内臓も新鮮な果物のようにみずみずしいに違いない。
何より妻が、この世で一番愛しい人が私の身体の一部になる。なんて甘美なことだろう。「一つになる」とはきっとこのことを言うのだ。私の血に、肉に、骨に、彼女が染み込む。その悦びを想像するだけで、私の目からは涙があふれて止まらない。
私はもう止まれない。止まれるわけがない。なぜなら、本当に欲しいものを見つけてしまったのだから。
「ああ、やはり。市販の菓子などとは比べ物にならないね。」