夕陽が落ちるまでに
家紋武範さま主催の、「夕焼け企画」参加作品です。
「ひどいこと言って、ごめんなさい。
夕陽が落ちるまでに、一哉が、いつも路上ライブやってる場所に来て。
謝りたいの」
亜梨沙は送ったラインを見返す。 既読スルーのままだ。
亜梨沙は○○駅のペデストリアンデッキの、いつも一哉が路上ライブをやっている場所に立ち、一哉を待っている。
(一哉がライブやってるほうから見ると、夕陽がこんなに綺麗に見えるんだ……)
と、亜梨沙は思う。
秋の夕焼けは少し寂しさを物語っている気がする。けれど、それは自分の心境が、そう見せているのかもしれない。
駅前を歩く人達は、夕焼けに気も止めていない。会社帰りのくたびれたサラリーマンや学校帰りの学生。
その中でもカップルの姿を見ると、亜梨沙は切なくなる。本当はそうでもないのかもしれないけど、カップルは皆、幸せそうに見える。特に、笑い合っているカップルを見るとキリキリと胸が締めつけられる。
(私はまた一哉と笑い合える日がくるのかな……)
亜梨沙はひどいことを一哉に言ってしまっていた。
(もしかしたら、このまま終わってしまうのかもしれない……)
夕焼けは、ついさっきまでは煌々と空を照らしていた。駅ビルの窓ガラスから光が反射して眩しいほどだった。でも、今はだんだんと窓ガラスの輪郭がハッキリとしてきており、空の色はグレーの面積が広がってきている。うっすらと一番星も見え始めた。
(一哉はもう来ないのかもしれない……)
夕陽は徐々に姿を消しかけている。
亜梨沙の視界が、こみあげてくる涙でボヤけてくる。
「おい!」
亜梨沙は振り向く。
そこには、ギターを背負った一哉が立っていた。
「来てくれたんだ……」
亜梨沙は、ボロボロと涙を流しながら言う。
「……なに泣いてんの」
「だって……。私、ひどいこと言っちゃったし……」
「ほんとにひどいよな。プロ目指してる俺に、『一哉の夢なんて叶う訳ない。』なんてさ。俺、まだ許してないし、傷ついてるからな。……でも、気になってさ」
「ごめんなさい……」
「なんなの!?おまえって、俺達の曲と俺のことが、好きなんじゃないの?いっつも俺達のライブ見に来てて、握手の時はいつも俺のとこ来てたじゃん!」
そうだよね……。と亜梨沙は思う。
亜梨沙は元々、一哉のロックバンドのファンだった。曲はメロディーも歌詞も良かった。思春期の少年の悩みや葛藤をストレートに歌っている曲が多かった。そして何より、激しいのに切なさが混じっている、一哉の歌声に惹かれた。
だから、一哉が亜梨沙をデートに誘ってくれて、その後、付き合うことになった時は天にも昇る気持ちだった。けれど……。
多分、変わってしまったのは自分のほうなんだ……、と、亜梨沙は思う。変わってしまったというか欲が出てきてしまっている自分……。
「一哉は私のこと好き?」
「!。……そりゃあ好きだよ。じゃなきゃ自分からデート誘ってないし、今まで付き合ってねぇよ。……でもなぁ、あんなこと、言う子はなぁ……」
「私の為にラブソングを歌ってよ!」
亜梨沙は泣きながら一哉に訴える。
「え……」
一哉は拍子抜けしたような顔をしている。
亜梨沙は言ってみて、自分でもくだらない不満とワガママだと思う。少年の葛藤や悩みの歌を歌っている一哉。そんな一哉がカッコイイと思っていた。でも、そういう歌ばかり歌っている一哉に、だんだん不満が湧いていったのだ。
私を愛しているっていう歌を、私の為に歌ってほしい……。
「え……、なんなの?本音、それ?それが、『夢叶わない』発言になっちゃうの?なんなの!?その変換!?」
「……」
亜梨沙は黙り込む。
ほんとに、なんなんだろ、その変換、と自分でも思う。最初から、自分の為にラブソングを歌ってほしい、と素直に言えばいいのに……。
「……不器用なヤツ」
一哉は背負ってたギターケースを降ろすと、ギターを取り出して座り込む。
「……あるよ。おまえの為に作ったラブソング。……実はすごい沢山ある。」
「……なんで、今まで歌ってくれなかったの?」
「そんなん……、恥ずかしいだろ」
うつむきながら言った一哉の顔は、赤くなっているように見えた。でも、夕陽に照らされていただけだったのかもしれない。
(どっちが不器用なのよ……)
亜梨沙は心が温まるのを感じながら、いつの間にか涙の種類が変わっているのに気がつく。
「じゃあ、歌うよ」
夕陽が落ちる最後の光が、一哉の弦に当てる指を照らしていた。
初めて企画に参加させていただきました。あと、初の恋愛ジャンルです。
読んでいただき、ありがとうございました。