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60.最善者


 ロイは闘技場からの光景を眺めていた。

 能天気な客どもが大騒ぎしている。

 皇帝の方を見ると、皇帝は追い込まれているというのにすました顔をしている。

 聖戦の結果などどちらでもいいと思っているかのように。


 そうなのだ。

 こちら側が追い込んでいるのだ。

 二勝無敗。

 

 ロイは笑う。

 結局、最良の結果になったわけだ。


 初めからネモの勝ちは決まり切っていたのだ。

 おそらく、ネモは自らを聖戦のメンバーにすることで、仮に負けたとしてもミューズ側のプライマへの悪感情を煽る効果を期待したのだろう。


 馬鹿げているとは思うが、有効なのは確かだ。

 しかし、その決断にはそれ以外の効果があった。

 

 ロイの気分を変えたからだ。

 もし一敗でもしてネモが戦うことになるならば、暴れちまおうかと思っていたからだ。


 帝国の五戦士全員を相手にしたっていいし、なんなら帝国まるごと相手にしたって構わない。

 ロイとて、この二年ネモフィラ・ルーベルの辿る道を見てきた。

 当たり前に情が湧いていた。


 その結末がネモの死で幕を下ろすくらいならば、暴力ですべてを解決してもいいという気になっていた。

 ネモはそれを望まないだろうが。


 銀髪をした赤目の少年が、闘技場に入っていた。

 闘技場の中央までゆったりとした歩みで進み、ロイの近くまで来て止まった。


「なにを笑っているんだい? 圧倒者」

「いやなに、嬢ちゃんのことを考えていてね」

「嬢ちゃん?」

「ネモフィラ・ルーベルさ」

「ああ、あの娘か」

「聞きたいか?」

「興味ないね」

「まあ話させろって」


 愉快だ。

 ロイは遠見のおばあに感謝した。

 ネモが成し遂げたことも気に入ったし、ロイが幕引きを任されたのも気に入った。


「嬢ちゃんはなぁ、最初はそりゃあもう情けないガキだったよ。どもってばっかりだったし、戦いに巻き込まれりゃあ失禁するわ吐くわでひでぇもんだ。その上に人と関わろうとするたびに恥ずかしいなんて抜かしやがる」


 ロイは親父臭い思い出し笑いをしていた。


「だが、不思議となにをやっても必ず結果がついてくる。偶然の連続で辿り着いたとは思えん。だから嬢ちゃんは特別なんだよ」

「いったいなんの話をしているんだ?」

「嬢ちゃんはなぁ、きっと天にいる誰かさんに愛されてんだよ。本人は自覚してなくとも、本当に望んでいた結果にたどり着くんだ。重要なところでは絶対に正しい選択をする。それが表向きはそう見えなくとも、一見間違ったように見えても、必ず望む場所に繋がっている道を進む。その選択が考えて決めたことだろうと、直感で決めたことだろうと、ただなんとなくで選んだことだろうと、コインの裏表で決めたことだろうと間違いない。本人が望めば最善に辿り着く力を持ってるんだ」

「天下の圧倒者がただの小娘をえらく評価してるんだね」

「近いうちに誰もがそれを知るさ。英号も受けるだろうよ。俺は先見でも遠見でもないが、予言しようか。嬢ちゃんは歴史に名を刻むよ。”最善者”ネモフィラ・ルーベルってな」

「それはめでたいね」


 抹消者の赤い瞳が、不気味な光を放っていた。


「ところで、なぜキミはネモフィラ・ルーベルがこの聖戦に勝つ前提で話をしているんだい?」


 抹消者の銀色の髪が不自然に揺れていた。


「調子に乗るのもそこまでいってれば芸術だね。キミがそうして圧倒者と呼ばれているのは、単に僕と戦っていなかったからでしかないんだよ」


 迸る魔力が、抹消者の周囲を歪めていた。


「征伐者を消したのはこの僕だ。次はキミを消すとしよう。それで、キミがさっき話していた妄想はすべて終わる」


 ロイは笑う。


「調子に乗るのもそこまでいけば芸術だな」


 牙を向いて。


「なにもわからず終わるのも可哀想だから教えといてやろう」


 言う。


「一撃だ」


***


 観客席は静まり返っていた。


 いくら聖戦をお祭り騒ぎとして扱っている市民とて、この一戦の重要さはいくらか認識していた。


 これでネモフィラ・ルーベルの陣営が勝てば、請願が通る。


 その上、かの圧倒者が戦う一戦なのだ。


 誰もがその戦いを見逃すまいと、闘技場の中央に立つ二人を凝視していた。


 圧倒者とその対手は、特段構えも見せずに、ただ対峙しているだけに見えた。


 戦鐘の轟音が、闘技場内に響き渡った。


 結論から言えば、誰にも見えなかった。

 誰もが血眼になっていたにも関わらず、その全貌を把握できたものは皆無だった。

 なんの前触れもなく、闘技場の地面が爆発した。

 火山の噴火のように土煙の柱が上がり、上部の結界にぶつかって押し止められた。


 発生地点は、圧倒者がいた場所であるように見えた。


 なにかが軋むような音がした直後に、陶器が割れる音を何百倍にもしたような音が闘技場に響き渡った。


 土煙が晴れて闘技場の中に居たのは、圧倒者だけであった。


 対手の姿は見当たらない。


 見えたのは一直線に抉れた地面と、対手がいたはずの場所を中心に発生した、馬鹿げた大きさのクレーターだけだった。


 誰もが、呆けたような顔をしていた。

 圧倒者が移動していることから、なにかをしたのであろうことは想像できる。

 圧倒者はクレーターの中心で、のんきに服についた土埃を払っている。


 魔導師連中が騒ぐ声が聞こえた。

 結界が、と叫びながらなにやら忙しく動いている。


 勝利の判定は、なかなかされなかった。


 対手は痕跡すら発見できず、姿が見えず、どれだけ待っても現れないということから、ようやく圧倒者の勝利が宣言された。

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