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6.本心


 ネモは町に戻って湯浴みまでさせてもらった。

 ひどいことになっていた衣服を着替えて、ネモはようやく落ち着きを取り戻し自分に起きた出来事を受け入れることができた。

 

 アーキ密教との争いに関しては、ロイが馬車で待つ帝国の人間と話をつけてきたらしい。

 具体的にどう話をつけたのかはわからないが、ロイの意地の悪そうな笑みからまともな手段ではなさそうな予感はしていた。

 アーキ密教、その不穏な名前にネモは身震いする。

 そんな組織に自分が狙われたという事実を納得するのには、まだ努力が必要だった。


 ネモは髪の毛が乾くまで日の下でのんびりとしていた。

 日差しが温かい。さきほどまでめちゃくちゃなことが起こっていたのが嘘のようだった。


 汚れを落とし終わったら、ロイの元に行って話を聞く約束になっていた。

 圧倒者ロイ・フューリー。

 ネモからしてみれば、おとぎ話に語られる英雄が突然本の中から現れたような気分だ。

 しかし、実際の圧倒者は、語られるような英雄ではなさそうだった。

 その態度はどこかふざけていて、薄っすらとした狂気すら感じる。

 まともな人間ではない、ネモにはそういう予感がしていた。

 話を聞く、それだけなはずなのに、どこか言いしれぬ不気味さを感じていた。

 

 逃げられるものなら逃げ出したかったが、現状は把握しておきたかった。

 帝国から使いが来た時点では、藁にもすがる思いでネモを抑えておこうという話なのだと思った。

 女神の国との交流が有利になる要素ならばどんな塵でも逃さない、そういう方針でネモを招いた、そう思っていた。

 けれどもアーキ密教や、圧倒者のような有名人まで絡んでくるとなると、ただごとではないのはもうわかっていた。

 信じられない話だが、ネモはよほどの重要人物とされているのかもしれない。

 陶器が出せるだけなのに。

 ネモとしてはなんの実感も持てないが、既にネモを巡って人死にが出ている。

 目の前で人間が死ぬところなど初めて見た。

 ネモはさきほどの光景を思い出して生まれた嘔吐感を必死に飲み込んだ。


 なんにせよ、本当はなにが起こっているのかこれからロイが教えてくれるのだろう。

 ロイのことは恐ろしかったが、自分を守ってくれたには違いない。悪い人間ではないと信じたいところだ。


 宿に向かうと、おばさんからロイは裏庭にいると知らされた。

 ネモは裏口から庭へと抜ける。

 裏庭に出てみると、なぜかロイは薪割り用の切り株の上に座って待っていた。

 前傾姿勢で足を開き、腿の上にそれぞれ手を乗せて、まるで玉座にでも座るかのような格好で切り株に座っている。


「どうして裏庭なんですか?」

「どこに耳があるかわからんからな。まあ座れ、お前の方も知りたいことがあるだろう」


 促され、ネモはどこに座るか迷った挙げ句、結局切り株から少し離れた草地に座ることにした。

 切り株に座るロイを見上げ、膝を抱えて座る。

 なんだか間抜けな感じがした。


「知りたいことを質問してくれ。適当に答える」


 いきなり言われて、ネモはなにを聞けばいいかわからなくなってしまう。

 頭の中で知りたい内容を整理し、まず一番気になった質問を口にした。


「え、えと、さっきのは、やっぱりみんなわたしを狙ってなんですか?」

「そりゃもちろん。大争奪戦だ」

「だい、そ……な、なんでそんなことになってるんですか?」

「知らんのか?」

「その、わたしの作った陶器が女神の国の人から評判が良かったっていう話なら」

「ずいぶんとまあ控えめな表現だな。だがだいたいは合ってる」

「まさかみんなそれが目的でわたしのところに来ているんですか?」

「俺は違うがね。帝国の連中は嬢ちゃんの作るものを交渉の材料にしたいんだろう。両世界が交流を始める決め手になったのは嬢ちゃんの作品らしいからな」


 その話はルドルフから聞いていたし、交渉の材料にされるであろうことも予想はできていた。


「アーキ密教っていう人たちはなにが目的なんですか?」

「嬢ちゃんはまずアーキ密教についてどれくらい知ってる?」

「よくは知りません。たまに事件を起こしたり、過激なことをする人たちだって。子供のころ、悪いことをするとアーキ密教が来てさらわれるぞって脅されたことがあります」


 ロイはクックと笑った。


「まあ、嬢ちゃんに関わる部分で言えば、奴らは極度の女神嫌いってとこだな。アーキ教の奴らは女神を罰せられた者扱いするが、アーキ密教の奴らは女神を未だに誅すべき対象としているのさ。だから女神の国との交流なんざ反吐が出るし、反吐を出さないためには嬢ちゃんが必要なんだろう」

「わたし、あのまま連れて行かれたらどうなってたんですか?」

「さあ? 帝国に対する人質か、女神の国に対する人質か。他にも色々と考えられるが、なんにせよ交流を断絶させるための切り札として使いたいんだろ」

「あの、その、本当にわたしの作品がそんなに認められているんですか?」


ロイはネモを馬鹿にするような顔で見ていた。


「認められてるんだろ、だからこんな事態になってる。向こうの世界じゃ嬢ちゃんの作品は国宝扱いらしいぞ。それに、向こうの世界には三つの国があるらしいんだが、嬢ちゃんの作品が渡ったのは二国だけで、もらえていない一国はブチギレてるらしい。下手すりゃ戦争かもな」


 信じられない話であった。師匠にしかまともに認められていないと思っていた作品が、多くの人に認められるなんて。

 喜んでいられる状況なのかはわからなかったが、ネモはそれが素直に嬉しく、なんだか幸せな気分になってしまった。


「それで、ロイさんはなんでわたしを守ってくたんですか?」

「それな。遠見のおばあが珍しく責任を感じていてね。自分が見つけちまったせいで狙われまくるかわいそうな女の子を守ってくれって頼まれちまったんだ」

「でも、その、さっきはなにか違うことも言ってませんでしたっけ?」

「お、よく聞いてたな。実際はただの野次馬だ。嬢ちゃんの周りではこれからどうも色々おもしろおかしいことが起こりそうだ。俺はそれを最前線で見物に来たってわけさ」


 ロイの目が、不気味に笑っていた。

 ネモは、言いようのない不安を感じた。

 寒気、とは少し違うかもしれないが、それに近い感覚だ。

 眼の前に座っているロイは、見た目だけなら気のいいおっさんという風体なのに、自分とは全く違う世界に生きる生物であるような気がした。


「で、お嬢ちゃんはこれからどうする?」

「どうするって、ロイさんがなにかしてくれるんじゃないんですか?」


 ロイは、そんなことは初めて聞いた、という顔をした。


「あまえんな、自分の道は自分で決めるもんだろ。俺が実はお前の父ちゃんだったなんてオチはねーよ」


 突然はしごを外された気がした。

 言われてはいなかったが、ネモは心のどこかで、ロイに安全安心な場所に運ばれて守ってもらえるような気になっていたのだ。


「じゃ、じゃあわたしはどうすればいいんですか?」

「知らんよ」

「そんな無責任な!」

「無責任? なんで俺がお嬢ちゃんに責任なんて持たにゃならんのよ」

「それは……」


 もっともな話に、ネモは勢いを挫かれてしまう。


「自分の人生には自分で責任を持てって話だ。お嬢ちゃんはなにがしたいんだ?」


 ネモは考える。

 自分はなにがしたいのだろうか、と。

 陶器職人は続けたいと思う。

 初めこそ固有能力ユニークスキルが陶器を作り出すという妙なものであったがために、それに関係する職をと思って始めたものだったが、陶器を作るのは純粋に楽しかった。

 ならば、それを安心して行える環境を考えるべきだろうか。

 そうなると結局は帝国ということになる。

 利用される形にせよ、職人としての活動は続けられるだろう。

 それに、帝国ならば安全に思える。

 自分の作品を政治の道具としか考えてくれないのかもしれないが、妥協点としては正しい気がした。


「その、帝国に行って、そこで職人として……」

「おいおいおい!」


 ロイが荒い声を出した。

 ネモは男の人の大声に怯んでしまう。


「眠たいこと言ってんじゃねーよ。それはマジで言ってんのか? 心の底から、一部の迷いもなく、帝国の奴隷として暮らしたいですわたしって思ってんのか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「ならやめとけ。どうやらこれだけの事が起こっても自分が何者か、まだわかってないらしいな」


 ロイの口調から茶化すような気配が消えた。


「お前が何者かを一言でわかりやすく教えてやろうか」


 ロイは、さも愉快そうに言い放った。


「お前はこれからしばらく世界の中心だ」

「そんな……」

「誇張じゃない。俺が保証する。愉快なことに、お前がどう動くかで二つの世界が大きく変わる。だからお前は自分が世界の中心だと思って動け。妥協はやめろ。そんなことは一度切りの人生でやることじゃあない」

「そんな事を急に言われてもわたし……」

「自分が本当にしたいこともわからないってどうなってるんだよ」


 ロイは大きくため息をついた。


「じゃあ俺がわかりやすくしてやる。すぐに本当にやりたいことを言え。直感でだ。直感ってなあだいたい正しいんだ」


 ロイがネモを見つめた。

 その眼は、前髪に隠されたネモの瞳を射抜くような眼光をたたえていた。


「俺の経験上な、人間は追い詰められたら本心が出るもんだ。だから、俺が親切に手助けしてやる。もし本心じゃない、ふざけた答えを言ったら、俺がここでお前を殺してやる。命がかかっていると思え。本当にやるからな」


 この人はなにを言っているんだろう。そう思う余裕はなかった。

 なぜなら、ロイが言っていることが本当だと確信できたからだ。

 ロイの気配には、異様な説得力があった。

 アーキ密教の刺客に襲われた時のような恐怖を感じた。

 身体がすくんだ。

 目の前にいるのが人間ではなく、大型の肉食獣であるような気がした。

 ロイの眼には、色濃い狂気が宿っていた。

 まともじゃない、そう確信できるだけの眼光。

 たぶん、ふざけたことを言ったら、本当に殺されてしまう。

 この人は、本当にそれをやる。

 なぜ自分がこんな状況に追い込まれなければならないのか。


 嘆いていてもなにも解決しないのはわかっていた。

 ネモは考える。

 自分が本当にやりたいこと。

 してみたいこと。

 二つの世界。

 認められた自分の作品。

 紫色の瞳。

 

 答えは、直感的に浮かび上がってきた。


 ネモは、それをそのまま口にした。

 もし間違った答えを口にしたら殺されるかもしれないというのに、恐怖は消え去っていた。

 それが自分の本心だと理解していたからだ。


「わたしは、女神の国に行ってみたいです」


 ロイは満足そうに笑った。


「それだよ」

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