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58.死突


 ルインがアーキ密教にいた頃には、信仰がこれほど素晴らしいものだとは想像すらしなかった。

 

 女神様の妖精が、勝利したサザンカ・トリュートの傷を癒やしていた。


 次は、自分の番だった。


 ルインが女神様を見ると、女神様はルインを力強く見据えていた。

 女神様を見ているだけで、全ての不安が消え去った。

 女神様の美しい瞳が、勝ってくださいと言っているのがわかった。

 これから死地へ向かうというのに、清々しい気分だった。


 かつてのルインにはなかった気概だ。

 強敵と命のやり取りをするなど冗談ではない。

 人は死ぬために生まれてきたわけではなく、生きるために生まれてきたのだから。


 今のルインは、それを間違っていたと断言できる。

 人は死ぬために生まれてきたのではなく、ただ生きるために生まれてきたのでもなく、なにかを成すために生まれてきたのだ。


 ルインは、生きる目的を得た。

 自分がなぜ生まれてきたのか、すべてを理解した。

 この少女の姿をした女神の化身に、尽くすために生まれてきたのだ。


 ルインは観覧席を出て、闘技場コロシアムへと踏み出す。

 闘技場では、凹んだ地面とわずかに残った血痕だけが一戦目の痕跡を残していた。


 一勝しているのだ。すでに。

 ルインが勝てば、二勝。

 そうなれば、最後に残るのは圧倒者だ。

 ルインが勝てば、女神様の願いは叶ったも同然になる。


 女神様の役に立てるという事実に、ルインは魂が喜んでいるのを感じた。

 女神様の理想。ふたつの世界がともに手を取り合う姿。それを、ルインは見てみたい。

 

 これで終わりではないのだ。

 女神様はきっと、これからも多くのことを成し遂げる。


――――聖戦に勝って、その後に平和な世界が訪れても、色々と助けてくださいね。


 思い出してルインは身震いした。


 女神様は、そう言っていたのだ。

 その言葉聞いて以来、ルインは何度もその未来を夢想した。


 死んでも勝たなければならない。


 対戦者は、その手に槍を携えて闘技場へと入ってきた。


 男は軽い一礼をして言った。


「”神槍”で通っています。貴方がアーキ密教の生き残り、最後の”声”ですね?」


 神槍。ほとんど伝説的な名だ。

 かつてのルインであったら、本当に逃げ出したかもしれない。


「いいや」


 今は、逃げる気など微塵もなかった。


「ルイン・フォースター。女神様が”声”のひとりです」


 神槍はルイン側の観覧席に視線を移し、微かに微笑んだ。

 女神様を見たのだろう。


「なるほど、さすがは”声”だ。私と対峙しても精神に揺れは感じられない」


 凄まじい圧力があった。

 比較的小柄な男だというのに、神槍のいる周囲の空間がルインを圧迫してくるような、そんな錯覚に陥った。


「貴方なら、死後、きっと天国に行けると思いますよ」


 それ以上の、言葉はなかった。


 戦鐘の巨大な音が、闘技場内を満たした。


 一戦目とは対照的にお互いが動かなかった。


 神槍はその槍を泰然と構え、ルインは両腕を脱力して構えている。


 ルインの武器は、この腕だ。

 難しい術ではない。

 腕に圧縮した魔力を送り込む。ただそれだけの単純な術だ。


 体術のセンスと魔力の圧縮の才能、そのふたつを最大限に活かすのがこの戦い方だ。

 ルインが最大限に魔力を込めた腕は、無敵の盾にも鉾になり得る。

 なにも通さず当たれば死ぬ武器というのは、シンプルだが極めて強力な武器だ。


 その点で言えば、神槍は相性の悪い相手だった。

 間合いの話ではない。無論それもあるが、本質的に苦手とするのはそこではない。

 問題は、槍での攻撃が点であるというところにある。


 斬撃をする武器ならば防ぐのは用意だ。

 魔法相手でもそう難しくはない。

 しかし、刺突武器というのは防ぐのが極めて困難だ。

 躱すのが主体となる対刺突武器戦において、ルインの盾は機能しにくいのだ。


 一瞬の気配。


 咄嗟に右後ろへと半歩分引いた。反応は、ほとんど勘であった。

 意識の隙間をつくような踏みこみから、文字通り、目にも止まらぬ電光の突き。


 穂先が、ルインの左脇を掠めていた。

 

 神槍が、再び構えに戻った。

 

 冷や汗が、吹き出した。

 恐ろしく早い突き。神槍と言われるだけはある。


 ルインは、あの突きを掻い潜って懐に入らなければいけない。


 足。


 動きが大きい分だけ反応ができたが、それでも反応するだけで精一杯であった。

 神槍の槍が、ルインの右足を薙ごうとしていた。

 ルインは足を引き、すんでのところでそれを回避していた。


「なるほど、だいたいわかりました」


 神槍の口調には、寒気がするような落ち着きがあった。

 勝利を、確信しきっているような。


 それがわかったのは、事が成されてからであった。


 痛みによって、ようやくそれに気づいた。


 ルインの心臓に、槍の穂先が深々と突き刺さっていた。

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