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50.野蛮なる儀式の準備


「ところで、聖戦で戦う戦士はもう揃っているのかね?」

「いえ、それがまだ」

「では、私の騎士を使ってくれないか?」


 そうしてローグ公から紹介されたのがヒューゴ・バートンだった。

 ネモの目からは、ロイとは大局的な存在に見えた。

 歳は五十を過ぎているはずだが衰えは感じさせず、豊かな黒髪に、紳士的な口髭、物腰は洗練され、模範的な騎士に見えた。


「ヒューゴと申します。ネモフィラ・ルーベル、お目にかかれて光栄です」


 言ってヒューゴは手の甲に口づけをした。


「我が主の命です。あなたの剣となって、勝利に導きましょう」


 ネモは恐縮してしまう。

 いくら場数を踏んでも平民根性はなかなか抜けない。

 地位でいえばネモよりも遥かに上にあたる騎士様が自分に従うというのは、どうにも落ち着かない状況であった。


 ロイのため息が聞こえた。


「これで英号持ちが二人か。まあ聖戦に挑もうってんならそれくらいは当然か」

「英号、ですか?」

「嬢ちゃんまさか知らないのか?」


 そこでヒューゴは笑った。


「戦士の間でしか意味のない言葉ですよ」

「たしかに、嬢ちゃんには関係ないものかもしれんがな」

「それって、圧倒者、みたいなものですか」

「そうだ。ただの二つ名とは違う、英雄的な働きをした者にのみ与えられる尊号だよ。このヒューゴ・バートンは征伐者ってやつさ」


 思い返してみると、英雄譚に出てくる登場人物の二つ名は、必ず何々者という名前になっていた気がする。


「お二人は知りあいなのですか?」

「よくても顔見知りだな。何度か会ってるがまともに話すのはこれが初めてだ」

「貴方から見ればそうかもしれませんが、私は貴方の後始末を何度もやらされている分、より身近に感じていますよ」

「そうか、そりゃご苦労」


 ネモは険悪な仲なのでは、と危惧したが、どうやらそうでもないらしい。

 単に軽口を言い合っている、そんな雰囲気であった。


 改めてヒューゴを見る。

 洗練された装いに、にじみ出る余裕。

 帯剣こそしているが、戦いの気配は感じさせない。


 本当にいいのだろうかと思う。

 聖戦の勝敗は、どちらかの死によって決まる。

 この男は、主の命とはいえ、ネモの望みのために命をかけた戦いに赴こうとしてるのだ。


「その、本当にいいんですか?」

「なにがですか?」

「その、もしかしたら死んじゃうかもしれないんですよ?」

「おい」


 珍しくロイが鋭い声を出した。


「そいつぁ騎士にとっての侮辱だぞ」


 言ってから、ネモはしまったと思った。

 勇敢に戦うことを尊ぶこの世界の、しかも騎士に対して言う言葉ではなかった。


「若いお嬢さんをいじめなさんな」


 ヒューゴはロイを、本気で非難しているように聞こえた。


「大丈夫ですよ、ネモフィラ・ルーベル。私は妻もなくし、娘も息子も独り立ちし、あとに残すものはなにもない、覚悟のできた人間です。それに……」


 ヒューゴは不敵な笑みを浮かべた。


「私はそもそも負けませんよ。こと決闘形式の戦いであるなら、そこのロイ・ヒューリーよりよほどいい仕事をしますよ」



***


 ウェザー家の説得は、想像していたよりも遥かに簡単であった。


 ローグ大公からの紹介、という看板の時点でこれ以上ないほどの圧力があった。


 その上、ネモはウェザー家を訪れる前に、ウェザー家の急所を聞いていた。


 現当主の息子は、生まれつき耳がほとんど聞こえないらしい。


 プライマがミューズよりも大きく遅れている分野のひとつに医術がある。

 プライマの治癒術師はミューズよりも遥かに優秀だ。

 高位の術師であれば致命とも言える傷から救い出すことすら可能であるし、病気に関してもある程度の治療が魔法によって可能だ。


 そのために医術が発達していないのだ。

 魔法で治せばいいから。

 そういった明確な答えがあるのだから、医術が発達しないのは当然だった。

 ミューズの視点から見れば、プライマでは未だに民間療法どころか、ほとんど神頼みのようなまじないが医術扱いされていたりする。


 魔法での治療の弱点は、あくまでも治すというところにある。

 つまりその対象は、肉体の後天的な不具合に限られるのだ。


 例えば先天的な障害を持っていたとしても、それは怪我や病気ではない。

 そうあるべく生まれたわけであり、それを問題とするのは人間側の事情だ。

 魔法や、世界そのものから見た場合、それは自然なことであり、治療すべき対象ではないのだ。


 だから、ウェザー家の息子の耳を、プライマの魔法で治すことはできなかった。


 ネモは、ミューズではそういった問題を解決する術を知っていた。

 ミューズには、聴力に難がある人間を補助する魔道具が存在するのだ。


 ネモは、補助具をつけた子供の表情を、音というものの存在を初めて知った人間の表情を、生涯忘れないだろうと思う。


「ありがとう! ありがとう!!」


 涙を流しながらネモの手を取る当主には圧倒されるしかなかった。


 当主は、ネモの聖戦を支持すると約束してくれた。


 これも、ミューズにあってプライマにはない部分だと思った。

 ふたつの世界が手をとりあえれば、生まれながらの悩みに苦しんでいる多くの人が助かるだろうと思う。


 これでロイ・ヒューリー、ローグ家、ウェザー家、三者からの支持が得られたことになる。


 正式な申し出が通れば、聖戦は行われる。


 勝てば挑戦者の願いを叶える、太古からの儀式。


 五対五の、どちらかが死ぬまで行われる、野蛮極まりない戦い。


 ネモは、それを実行しようとしている。


 最小でも、三人が死ぬ。

 もつれれば、それ以上の人間が死ぬ。

 彼らは勇敢に戦うのだ。きっと、天国に行けるはずだ。


 それに比べてネモはどうだろう。

 立ち向かっているのか、それとも影からものごとを操っている臆病者なのか。

 わからなかった。


 ネモは一人首を振った。


 たとえ地獄行きであろうとも、生きているうちにできることをしようと思った。


 ロイ、ルイン、ヒューゴ、聖戦を戦う戦士は三人まで揃っている。


 あと二人。


 あと二人戦える者が揃いさえすれば、聖戦の準備はすべて整うことになる。

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