表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/61

48.再会と遠見


 リュー博士は、専門家が専門分野を語る時特有の流暢な声で言った。


「実際、ゲートを開く技術で問題だったのは、そのコストだけなんです。空間を歪曲させる都合上効率化は期待できず、大量の魔石を使って無理やり開く以外の解決方法が見いだせなかった。それが人間ひとりの力で解決してしまうなんてね。もちろん知識の提供ではなく、単なる魔力タンクとしての仕事です。彼がいればゲートは信じられないほどライトに開けるし、しかも一晩寝ればその魔力も回復する、と。まったくふざけてますよね。こっちとしては有り難い話ですが」

「そういうこった。俺の尊さが理解できたか?」

「それは、まあ」


 ネモにはわからない話ではあったが、とにかくロイがいればゲートは短時間ならば任意の場所に繋げるらしかった。


「繋ぐ場所はロイッテの南にある森林地帯でいいんですね?」

「ああ、頼む」

「わかりました、では」


 ゲートを創り出す装置は巨大な四つの牙のように見えた。

 金属的な地面から、白い巨大な牙が四方向に生えて、中央のなにもない空間を囲んでいる。

 ロイが近くにある複雑な魔道具の球体らしき場所に触れると、音もなく中央の空間に歪みが発生した。


「じゃあ行ってくる。行くぞ嬢ちゃん」

「あ、はい」


 こんなに簡単に次元の扉が開いてしまうのはなにかが間違っている気がした。

 本当に大丈夫なのかと不安になって進んだが、無事ミューズに来た時と同じような回廊へと入り、今度は誰の邪魔もなく出ることができた。


 出た先は、森林地帯であった。

 強烈な緑の匂いに土の匂い。

 落ち葉が積もった腐葉土の地面に、木々の間から差す頼りない日の光。


「これ、どこだかわかるんですか?」

「わかるかよ」

「わかるかって、じゃあどうするんですか?」

「こういう時はルク様だよりよ」


 するとルクがロイの横にぽうっとした光と共に現れた。


「なになに呼んだ?」

「ああ、遠見のおばあのところまで案内頼む」

「んーと」


 ルクはそう言ってロイの周囲をくるりと一周飛んだ。


「なによ、すぐそこじゃない」


 ルクの示す道を行くと、すぐに目的の場所についた。


 不思議な家だった。

 木と一体化しているというよりも、木から家が生えているように見えた。

 大樹の横腹から木造の家が生えている。

 高床式になっていて、不気味な魔女の住処のような佇まいをしていた。


「おばあ!! 入るぞ!!」


 ロイの突然の大声にネモは飛び上がった。


 中からはなんの返答もない。


「留守……ってことはないんですか?」

「いるわよ、アタシが調べたんだから」

「そういうわけだ。それにおばあなら俺らの来ることもわかってるかもしれんぞ」


 入り口の階段を登る。

 木造りの階段は思った以上にしっかりしていたが、ネモは不安から手すりを使っておっかなびっくりに登った。


 ロイがノックもせずにドアを引いた。

 

「どうぞ、いらっしゃいな」


 老婆の声が聞こえた。

 老婆は、突然の来訪にも驚いている気配を見せなかった。


 家の中は、ネモの予想に反した装いだった。

 てっきり魔女の家だったり、錬金術師の研究室といったものを想像していたのに、家の中はごくごく普通の家であった。

 食卓らしきテーブルに白髪の老婆がおり、その対面には若い青年がいた。


 若い青年はネモの姿を見るなり立ち上がり、目を輝かせて近づいてきた。

 ルイン・フォースターであった。

 元アーキ密教の。一度は帝国からネモを救い出そうとしてくれた。


「女神様! 来ていただけたんですね!!」


 予想外の存在と、予想外のテンションで接してくるルインに、ネモはたじろぎながら応えた。


「あの、その、どうしてここにルインさんがいるんですか?」

「もちろん女神様に会うためですよ! ヴェザンティ老はこの世界で最も優れた遠見のひとりだ。女神様の居場所を教えてもらおうと訪れたら、待てば来るというのでね」


 座ったままの老婆がほっほと笑った。


「あんたがネモフィラ・ルーベルだね?」


 視線を塞いでいたルインが移動し、老婆の姿がしっかりと見えた。

 ネモは老婆の前に進み出た。


「初めまして。ネモフィラ・ルーベルです」


 老婆は初めて会う孫を見るような目をしていた。


「感慨深いねぇ、あの子がこうして目の前に来るなんて。それで、どうしてわざわざ私の元に来たんだい?」


 ネモは小さく一呼吸して、頭の中で言うべきことを整理した。


「わたしは皇帝に聖戦を挑もうと思っています。それでわたしを支持してくれる二人の上級貴族が必要なんです。それを占っていただけないでしょうか?」


 優しそうな老婆に見えたヴェザンティは、一瞬目を見開き、邪悪な魔女のように笑った。


「おい、おばあ。そんな顔してたら嬢ちゃんがビビっちまうぞ」

「おっと、すまないね。しかし結末が見えなかったのはそういうことかい」

「結末?」

「そうさ。お前さんが次に帝国に行ってからはえらくぼやけてなにも見えなかったが、これで合点がいった」

「ヴェザンティさんでもわからないんですか?」

「私にもわからないことはいっぱいあるよ。特にそれが世界に与える影響が大きければ大きいほど見えないもんさ」

「じゃあ、わたしに協力してくれそうな貴族もわかりませんか?」

「それはどうかねぇ、見てみようか。もっと近づいて、手を出してごらん」


 ネモは言われた通りに手を出した。

 ヴェザンティがネモの手に、骨と皮だけかと思うほどしわくちゃな手を重ねた。

 ヴェザンティは目を閉じて瞑想しているように見えた。

 まさか寝たのではと思うくらいの時間が経って老婆は目を見開いた。


「ウェザー家とローグ家」


 老婆はボソリとそういった。


「それが芽のある家さね」

「ローグ家って」


 ネモでさえ知っている名前だ。

 ローグ大公。帝国でも最も力のある貴族の一人だ。

 前大戦の立役者で、血筋的にも皇帝とかなり近しいという話ではなかったか。


「たぶんお前さんが思った通りのローグ家さ。覚えておいてほしいのは、これは可能性に過ぎないってだけの話ってことさ。お前さんが上手く立ち回れば他の貴族でも話が通るかもしれないし、私が言った二家でも間違えば力になってくれないかもしれない。それを肝に命じておくことだね」

「わかりました、ありがとうございます」

「幸運を祈ってるよ」


 老婆は優しく微笑んでいた。


 話が終わったと見たのか、ルインが再びネモの元へとやってきた。


「聖戦、とおっしゃいましたね?」


 ルインの瞳には、言わずともわかる決意の光が宿っていた。


「僕もあなたの元で戦わせてください」


 そう言って、ルインはネモの前に跪いた。

 その姿は、物語の姫に忠誠を誓う騎士のようにも見えた。


 ルインは、戦いが嫌いだと言っていた。

 戦うのが怖いと言っていた。

 ネモは、アーキ密教の人間が言った言葉とは思えず、強くそれを覚えていた。


「でも、ルインさんは戦うのが好きじゃないって」

「アーキ密教が”声”はもともといつでも皇帝に聖戦を仕掛けられるように、と揃えられた戦力です。これが僕の存在理由なんですよ」

「死んじゃうかもしれないんですよ? ルインさんはそういうのが嫌だって」

「僕は今、女神様のために生きているんです」

「わたしは女神様じゃないんです、ほんとうに」

「それを決めるのは僕です。僕の中ではあなたは女神様なんですよ。あなたに仇をなそうとした僕を救ってくれた、本当の女神様です」

「いいじゃねぇか、使ってやれば」


 ロイだった。


「圧倒者……」


 ルインの声に苦い響きがこもった。


「どのみち五人の戦士は揃えなきゃならないんだろ? アテがあるのか?」

「それは、ないですけど……」

「死んじゃうかもしれないんですよ、じゃねーんだよ。お前が選んだのはそういう道だぞ」


 その通りだった。

 聖戦での戦いは、どちらかが死ぬまで行われるのだ。

 降参という概念はなく、必ずどちらかの死で勝敗が決する。

 だからこそ、主のために死を恐れぬ戦士が必要なのだった。

 

 目の前にいるルイン・フォースターは、ネモよりもよほど死ぬ覚悟ができているように見えた。


「わかりました」


 ルインに向かって、手を差し出した。


「ルイン・フォースター。あなたの力を貸してください」


 ルインは、ネモの紫色の瞳を見ながら、涙を流していた。

 そうして、ネモの手を取った。


「このルイン、我が命に代えても女神様の理想をお叶えします」


 ネモは力なく笑った。


「もう、その女神様っていうのやめてくださいよう。わたしはほんとうに女神様なんかじゃないですってば」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ