47.聖戦
「聖戦とはなんですか?」
口を挟んだのはリュー博士だった。
「ああそっか、センセは知らなくても無理はないな。夜の詩ってのはこっちに伝わってるのか? 神話の」
「夜のできた理由を語るあの?」
「そうそれだ。休みなく世界を照らす太陽神を気の毒に思った夜の神が、どうか太陽神に休みをってアーキ神に嘆願した話だ」
「それならミューズにも伝わっていますが、それがどうかしたんですか?」
「アーキ神は夜の神に試練を課したわけだ。神の戦士五名を打ち倒したら汝の願いを叶えようってな。試練を超えた夜の神は、太陽神が休んでいる間の空の管理を任されることになってめでたしめでたしってやつだ。帝国にはこれを模したバカげた嘆願方法ってやつが存在するのよ」
「まさか五人倒せば願いを叶えるなんて法律が存在するのですか?」
「概要だけで言えばそのまさかだ。詳細は違うがな。嬢ちゃんはこれで皇帝に両世界の平和な交流を約束させたいわけだ」
「その通りです」
「バカげたしきたりだと思うか?」
リュー博士は真面目な顔をして、
「どうですかね。ミューズにもバカげたしきたりは山程あるから。しかし、仮に勝ててもそんな約束アテになるのですか?」
「なるだろうよ。もし開催されるとなったらお祭り騒ぎになるだろうからな。国中の貴族も他国のお偉方も招いての聖戦だ。そんな中での約束を反故にはしないし、そもそもそんなことをしたら以降は下が従わなくなるだろうよ」
「そういった規模のものになるということは、誰でも気軽に挑めるものではないのですよね?」
「ああ、まず聖戦に挑むのに公爵以上の上級貴族三人の推薦がいる」
ネモは、聖戦を挑むにあたっての条件など知らなかった。
だから、口から出た言葉は実に間の抜けたものだった。
「そうなんですか?」
「おいおいおいおい、しっかりしろよ。そりゃそうだろうが。誰の挑戦も受けるなんてしてたら毎日聖戦になるだろうがよ」
「そ、そうですね、そうかもしれません」
「で、嬢ちゃんはどうするつもりだ? あと二人推薦者を見つけなきゃならんだろう」
「二人? 三人じゃないんですか?」
「俺が推してやる、だからあと二人だ」
どういう意味かとネモはロイの言葉を訝しんだ。
「お前その顔はなんだ。俺はこう見えても帝国での爵位持ちだぞ。ヴェザンリオンでも公爵様だ」
「ホントですか?」
ロイの姿を改めて目にする。
相変わらずの無精髭で、格好はなぜかミューズの軍用服らしきものを着ている。
歴戦の兵士に見えなくもないが、貴族には間違っても見えない。
「うそついてどうすんだ。世界に国に救ってるとそういうのはお飾りにしろもらえるんだよ。領地もクソもないが権力だけはマジモンだ」
「お願いできるんですか?」
「おうよ、面白そうだしな。そいであと二人はどうするんだ?」
こちらの世界ならまだしも、ネモにはプライマの貴族とのパイプなどありはしなかった。
ロイに紹介できるような貴族の繋がりがあるならば、すでにそれを教えてくれているだろうと思った。
ロイ繋がりは期待できそうにない。そこまで考えて、
「ロイさんは、優秀な遠見と知り合いなんですよね?」
「遠見のおばあな。本名はヴェザンティなんたらかんたらだ。それが?」
「その方を紹介してもらうことはできますか?」
「まだ死んでなきゃな。おばあも嬢ちゃんに会えたら喜ぶかもしれん」
「では、その方に”視て”もらって決めようと思います」
「わかった」
そこでリュー博士が割り込んだ。
「あのー、いいかな?」
「あん?」
「いやね、ボクもそんなに手伝えることはないだろうから、もう個人的な興味なんだけど、その聖戦っていうのはロイさんが戦って終わらせるのかい?」
「ああ、そういや聖戦の説明をしてたな」
「聖戦は、神話とは違って五人の戦士同士を戦わせるんです」
それについてはネモも知っていた。
「戦士同士?」
「そうだ。そうしなきゃ圧倒的な個が全員ブチ抜いて終わりだ。たまにそういうのはいるからな、うちの世界じゃ。けど帝国の上位五名を上回る五名を連れてくるってのはほとんど不可能だろう。だから総当たりの三本先取なのよ。聖戦に挑む者を推薦する貴族にしたって、皇帝から睨まれたくないから正気な限り推薦なんかしない。建前では後腐れないって話にゃあなってるが相当怪しい。というわけで成立もしなければ勝てもしないナニカがあるわけさ。こういう制度を設けて一応はなんでも聞き入れる度量がありますよって示すだけの形骸だな」
ネモは言う。
「けど、成立させたら断れませんよね?」
「そりゃそうだ」
「ならやります」
ロイの話を聞いている間に考えがまとまりつつあった。
聖戦だけでも困難だった。
なにせ上級貴族二人から聖戦の推薦を受けなければいけないのだ。
その上、帝国の戦士に勝てるだけの戦力も揃えなければならない。
さらに、プライマだけの問題でもない。
ミューズ側でも、プライマとの交流について働きかけなければならないだろう。
今の段階ではできる限り交流を遅らせ、ネモの請願が通った暁には積極的な交流をお願いするのだ。
貴族から認められるのも、戦力を揃えるのも、ミューズに働きかけることも簡単ではないのだろう。
それでもネモはやれる気がしていた。なんの根拠もなく。
根拠のない自信ほど心を奮い立たせるものはない。
自らが進むべき道を見据え、紫色の瞳が輝いていた。