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43.ただ泣くことだけが許される


 なにもする気が起きなかった。

 ネモはベッドで横になり、脱力し、無気力な瞳で部屋の中を見るともなしに見ていた。

 たよりないランプの光が夜の闇を押しのけている。

 格子窓からはかすかな星明かりが入り込んでいた。


 なにも、しようがなかった。

 皇帝はネモを実質的な人質だと言っていた。

 ネモが帝国の手元にいることを示唆すれば、ことが有利に運ぶ、そう言っていた。

 まさかそんなことは、と思う半面、あるかもしれないとも思った。

 ミューズの人間は、どこか平和ボケしている。

 危機に関しての察知が遅いのだ。

 それはサザンカがプライマに来ていた時から感じてはいた。

 これくらいの要求なら答えても大丈夫だろう、そういった判断を繰り返して、ミューズの人間は気づけば取り返しのつかない場所まで進んでしまいそうな気がする。


 それでもネモにできることはなにもなかった。

 皇帝に反抗すれば、そういった事態は防げると思っていた。

 

――――人気者になってくれてありがとう。


 皇帝の言葉が、頭の中で木霊していた。


 最悪ネモが死んだとしても、帝国の策略は阻止できるつもりでいた。

 ミューズの平和は守れると思っていた。

 

 とんだ思い違いだ。

 ネモが固有能力ユニークスキルを使わないことにすら意味はなさそうだった。

 

 ネモは部屋の窓を見る。

 格子が嵌めこまれており、脱出も、自殺もできないようになっている。

 

 自殺。

 できないことはない。

 固有能力ユニークスキルで陶器を生成し、それを割り、できた大きめの破片で動脈なりを傷つければいい。

 それはある種勇敢な行為かもしれず、もしかしたら天国の良い場所に行けるかも知れない。


 それも無意味だ。

 ネモが存命かすら、あまり関係ないだろう。

 生きていなかろうと、帝国はネモの存在を示唆し続ければいい。ミューズ側にはネモの生存を確認する手段がないのだから。

 元々ネモはこちらの世界の住人なのだ。ミューズ側としては、ミューズからいなくなったことに対して文句は言えないはずだ。

 一度連れ戻された時点で、もう詰んでいるのだ。


 三年前、ネモがベース・プラギットの工房にいた時。

 ネモは、いてもいなくてもいいやつ、くらいだったと思う。

 他の職人の仕事の邪魔はしていなかったし、雑用面で手伝いはしていた。

 存在がいくらか鬱陶しかったとしても、差し引きでゼロくらいにはなっていたはずだ。


 ミューズにいって、ネモはいると嬉しいやつくらいにはなれたと思う。

 友達もできたし、ネモがミューズに来たことを喜んでくれる人もいた。

 一度、変装せずに街に出てしまった時など、サインをせびられたし、一緒に写真も撮ったし、おばあさんからは拝まれた。

 いると誰かが喜んでくれる、それくらいの人間にはなれていたと思う。


 そして今は。

 ネモは自らの無力感に泣き出した。

 その存在がミューズへの圧になり、帝国の武器になる。

 生きていようが死んでいようがもう変わらない。

 いてもいなくてもいいやつどころの話ではない。


 今のネモは『存在していたことすら迷惑なやつ』になっていた。


 もう疲れた。

 もういやだ。

 陰鬱な言葉が頭の中に呟いていた。


 ツツジは、こんな自分を庇って死んだのかもしれない。

 

 あの時、ツツジがなにを言おうとしていたか、結局わからなかった。


 ネモの心は、折れてしまった。


 ベッドで、枕に顔を埋め、「ううう、ううう」と声を出して泣いている。


 解決策は、脱出してミューズに戻ることだ。


 不可能だ。


 ネモはただ陶器が出せるだけの、女でしかない。

 帝国の警備をかい潜り、ゲートを抜けてミューズに辿り着くなど、ひとりでは絶対に不可能だ。


 ネモはミューズで開いたパーティーでのスピーチを思い出す。

 人の成長は人との繋がりなどとよく言ったものだと思う。

 こうして繋がりを断たれてひとりになったネモは、臆病で、情けない、泣き虫でしかなかった。


 思考は曇り、悪い未来しか想像できず、眠りに入るまでかなりの時間がかかった。


 寝たら寝たで、悪夢を見た。


 赤黒い不思議な空間で、ネモは磔にされていた。

 周囲には果てのない、無限とも思える数の兵士がネモを囲み、ただネモを見張っていた。

 そうして、空には太陽の代わりに、巨大な眼が浮かび、ネモを見下ろしていた。


 その瞳は、鮮やかな金色をしている。

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