30.向き合う決意
「パーティーって、あのパーティーですか?」
そう言いながらネモは両手をうにうにとさせるよくわからないジェスチャーをする。
「他のパーティってのがなんなのかわかんないけど、たぶんそのパーティー。もう少しでルーベル社の設立から二年だから、その記念でパーティーを開くの」
二年。
その響きに、ネモは密かに驚いた。
ミューズに来てから、もうすぐそれだけの時間が経つのだ。
もうそんなにか、という気もする。
まだそれだけしか経っていないのか、という気もする。
なんにせよそういった節目に催しをするのは、よくわからないが楽しそうだ、というのがネモの感想だった。
だからネモはこう言った。
「いいですね」
「でしょ、ネモぴにも出てもらうからね」
「もちろんです!」
「いっぱい人呼ぶから」
「え」
「呼ぶから」
ユリの眼光は鋭かった。
有無を言わせぬ口調。
「その、サザンカさんとか、ロイさんとか、あとは職人の皆さんとか、そういう人達を招いてのパーティーじゃないんですか?」
「ううん、内輪でやるパーティーじゃなくて、色んな人を呼ぶの」
ネモが想像していたパーティーは、ネモの家でみんなで楽しく食事、というものであった。
これはどうもそんなパーティーではない気がした。
「どうしてそんな? 去年はやりませんでしたよね?」
「ネモぴに会いたいって人がいるの」
「わたしに? 会いたい、ですか?」
「それも大勢」
「おおぜい」
ネモはオウム返しをするだけで、ユリの言葉を飲み込みきれずにいた。
「前に言ったよね? ネモぴに会いたい人がいるけどどうって」
「ありました」
「ああいう人はね、実はいっぱいいるの。ネモぴはそういうのあんま好きじゃないみたいだからウチのとこで話を止めてたけど、そろそろそれも限界なの」
自分なんかになぜ会いたがるのか、ネモにはまったく理解できなかった。
ネモが思うに、ネモなどに会っても面白いとは思えないからだ。
なにかの冗談かいたずらではないかと疑うのだが、ユリの表情にそういったおふざけの色は感じられなかった。
「どうしてわたしなんかに会いたがるんですか?」
「理由は人によって色々だと思うけど、聞きたい?」
「聞きたいです」
ユリはひとつオホンとわざとらしい咳をした。
「ひとつめは単純にネモぴに会ってみたいから。番組で放映されて、実物に会ってみたいって単純な理由。パーティに招待する人間はこれから決めるけど、たぶんその中に単純に会ってみたいっていう感情がまったくない人間はいないと思う」
たしかに、あの番組はちょっと出来過ぎなくらいだった。
ネモの目から見てもネモの存在感は凄まじく、興味を引くのも当たり前かもしれない。
「ふたつめはルーベル社と関係を持ちたいから。ルーベル社は快進撃を続けてて、ネモぴはそのルーベル社の代表だからね。ネモぴはお飾りの代表だと思ってるかもしれないけど、お飾りじゃない本当の実権がある。今現在児童福祉に力を入れてるみたいにね。そんなネモぴと関わっておきたいって人たちは履いて捨てるほどいるわけ」
「なるほど」
商売上の理由、というのはわかりやすかった。
「みっつめは、ネモぴの作品を直接買いたいっていう輩。ネモぴの作品名の作戦は覚えてるよね?」
「はい」
ネモが固有能力で作った作品の名前についての話だ。ひとつひとつに感銘を与えるようなタイトルをつけるセンスは残念ながらネモにはなく、作品のタイトルには単純に番号を振ることにしている。
これにはネモがタイトルに悩まなくてよくなる、という狙い以外にももう一つの狙いがあった。
それは、作品数を匂わせるというものだ。
ネモの能力は、最短で二週間に一度ほどの期間で陶器を創れるというものだ。
ネモはだいたい一月にひとつの作品をオークションに出品している。
作成できる最短である二週間ごとに発表しない理由はいくつかある。
ひとつはその期間にネモが作品を生成するだけのイメージが作れないという時や、ネモが個人的に失敗だと考える作品を作ってしまい出品を拒否するという場合。
他にはある程度の希少価値を出すために出品数を制限する意味合いもある。
とにかく、一月に一回のオークションへの出品が行われる時、その名前が意味をもつ。
例えば、ある月でNo.9が出品されたとする。そして、次の月にはNo.11が出品されるのだ。
するとこうなる。No.10はどこにいったのか。
「今回パーティに招く人間は、この世界でもトップクラスの富裕層になると思うの。だからネモぴに直接未発表作品を売ってくれって交渉をしてくる人間はいると思う。もちろんまんまそう言うんじゃなく後日相談がーみたいな事を言ってくると思うけど」
「言われたらどうするんですか?」
「んーむずかしいとこ。もういくつか出してもいいって気はするけど。ウチらにも懇意にしておきたいって相手はいるから、そういう人には譲っちゃうって手もあるにはあるかな」
「それがわたしに会いたがる理由ですか?」
「まだあるよ」
そこでユリはニヤリと笑った。
「最後は、ネモぴをお嫁さんにしたいって人」
部屋が沈黙に包まれた。
ネモは聞き間違いをしたのかと思った。
「今、なんて?」
「だから、ネモぴをお嫁さんにしたいって考えて会いに来る人もいます」
顔が火照るのを感じた。
ネモは今すぐ寝室に行ってベッドに飛び込んで布団を被りたい衝動に駆られた。
「い、いいい、い、いませんよ!!」
ユリの顔は真剣そのもので、罪人に罪を告げる裁判官のような威厳に満ちた声で宣言した。
「います」
ネモはどうしていいかわからずにシラユキにでも助けを求めようと思ったがシラユキはおらず、どこにも逃げ場がないのがわかりきってからようやくユリに向き直った。
「ネモぴはかわいいなぁ。ウチがお嫁さんにしたいくらい。まあそういうのが絶対に混ざるのは断言していいけど、相手にすることはないと思うよ。ネモぴそういうの苦手そうだし。でもいずれそういう時は来るんだから、今から練習のつもりで話しておくのもいいと思うな」
急に出てきたお嫁さん、という言葉はネモの思考をぐちゃぐちゃにしていた。
そんなことは、考えたこともなかった。
ユリは自分をからかっているだけなのではないかと本気で疑う。
しかし、考えてみれば過去にもそういうことがなかったわけではないのを思い出す。
例えばユリと初めて出かけた時。
あの時は女性を侍らせた、いかにもモテそうな男性がネモに声をかけてきた時があった。
他にも首都に出かけた時は何度もそういうことがあった。
そのほぼすべてをユリが冷たくあしらっていた上に、たまのお出かけは楽しいことがいっぱいで、そういった微妙な記憶は頭に残ってはいなかったのだ。
いつの間にか、ユリがネモの瞳をじっと見ていた。
「ネモぴ、パーティーに出てくれるよね?」
ユリとの付き合いが始まって、二年が近い。
既にネモの人生で誰よりも深い付き合いの人物になりつつある。
そんなユリを見ていて、ネモはわかったことがある。
ユリは重要な話をする時は、必ずネモの目をじっと見つめるのだ。
だからこれはきっと重要な話なのだろうとネモは思った。
そもそも一度「恥ずかしい」などといった個人的な理由で断ってから今まで、誰かが会いたがっているという話がこなかったのは、ひとえにユリがすべて断ってくれていたからだろうというのは簡単に推測できる。
ネモが人付き合いが苦手だというのを理解し、気づかってくれていたのだ。
そういった背景がありながらこうして頼みこむというのは、それだけ重要な話に違いない。
それにネモもいい加減向き合わなければいけないとは考えているのだ。
知らない誰かと話すのは怖いし恥ずかしい。
いつまでもそうあっていいはずはなかった。
ネモはミューズに来てからずいぶんと変わったと思う。
まだかわらなければいけないと思う。
逃げていてはなにも始まらない。
なんの訓練もせず魔法を使える人間はいない。
それと同じで、人と話さずに人付き合いがうまくなる人間などいるはずはないのだ。
ネモは、決めた。
「ちゃんと出ます、そのパーティに」