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3.ロイ・ヒューリー


 ロイ・ヒューリーは寂れた酒場を好む。

 夜だというのに他に誰もいない酒場の、しかも隅っこの席で、ロイはひとりちびちびと酒をやっていた。

 その姿は傍から見れば職を失い家にも帰れず、時間つぶしのためにわざとゆっくり酒を飲んでいる親父にしか見えない。


 そんな酒場に二人目の客が現れた。

 客は老婆であった。

 邪悪な魔法使いよろしく怪しげなローブを纏い、注文もせずに頼りなげな足取りでロイの元へと歩いてくる。


 ロイはその姿を目にして目を見開き、


「遠見のおばあか。久しぶりだな。こんな酒場にわざわざ何の用だ?」


 老婆はほっほと笑って、対面の席に腰をおろした。


「お前さんが帝都にいてくれて助かったわい。今日は面白い話を持ってきてな」

「誰かを殺してくれって話か?」

「そんなのよりもっと面白い話じゃよ」

「ほお、そりゃあどんなロクデモナイ話だ?」

「女神の国の話はしってるかえ?」


 もちろん知っている。

 ロイは暇つぶしに、帝国と女神の国の交流の様子を見るために久々に帝都まで来たのだ。

 

「古美術商になった元武器商人の話なら知ってる」

「それなりには詳しいようじゃな。女神の国の住人は、我々が想像もできないほどこちらの国の美術品に関心を持っておる」

「あー、そういうのはいい。結論から言ってくれ。結論が本当に面白そうなら話を聞いてやる」


 おばあはくっくと笑い、


「相変わらずじゃな。結論から言えば、ぬしにはある少女を守ってもらいたい」

「何者だ?」

「女神の国の住人は贈り物の中にあったある陶器に一際強い関心を示したんじゃ。その製作者じゃよ」

「墓守でもしろってのか?」

「ほう、本当に詳しいようじゃな。死んだベース・プラギットは弟子の作品を自分の作品だと偽って売っていてな。実際の作者はまだ生きておる」

「なぜわかる?」

「わしが”見た”からじゃよ」

「なるほどな」

「このままだとその子は近く死ぬことになる」

「まあそうだろうな」

「だからぬしに守ってほしいんじゃよ」


 ロイはポリポリと頭をかいて、


「意味がわからん。俺に何の得がある?」

「退屈なんじゃろ? その子はこれからしばらく二つの世界の中心になる。その子の側にいればぬしは面白いものが見れるだろうよ」

「それも遠見か?」

「さてな」


 おばあは今更になってマスターを呼んで酒を注文した。


「しかしなぜ俺なんだ?」

「ぬしじゃなきゃ守りきれんからじゃよ」

「何からだ?」

「帝国とアーキ密教」


 おばあはつまらなそうに言って酒を一口すすった。


「クソとクソの共演だな」

「おぬしじゃなきゃ守れんといった理由がわかったか?」

「だいたいな。しかし帝国がその女を殺そうとしているのか?」

「そんなことは知らん」

「アーキ密教は?」

「それも知らん」

「クソババアめ」

「だが両陣営がその少女を狙っているのは確かじゃよ。それはこの遠見が保証する」


 ロイが思うに、帝国側はその女を利用しようとしているだけ、という気はする。皇帝は死ぬまでその女を使って女神の国との取引を優位にしようという腹だろう。ただし帝国とて一枚岩ではない。その中で複雑な権謀術数が渦巻いているのは明白であり、その女が帝国の管理下に置かれれば、いずれ危険が及ぶだろうというのは想像に難くない。


 アーキ密教の方はやばい。だいたい殺しそうだ。

 奴らはアーキ教の『勇敢に戦う者こそ天国でよりよい地位を与えられる』といった部分を先鋭化して信じる頭のおかしい集団で、宗教組織というよりはもはや傭兵団に近い性格を持った組織だ。

 聖戦に勝つために揃えられた『声』と呼ばれる五人の戦士は、王国の守護者よりも強いと噂されている。

 強さこそ正義に近い信条を持ったアーキ密教は、女神の国との交流には反対なのだろう。

 なにせ、女神は弱き者を救うとされる神なのだから。


 アーキ密教が目論む、帝国と女神の国の交流をやめさせる手段は複数考えられる。まずは帝国と聖戦を行って要求を通す、これは全てに通じる手段ではある。

 他には女神の国側の使節団に危害を加える、という手もあるだろう。女神の国側がどれくらい交流を望んでいるかはわからないが、危険が及べば交流が頓挫するきかっけにはなるだろう。

 あとは、その陶器の製作者を使って何らかの企てをする手段だ。

 この三つはどれも成功すれば交流を止める可能性が十分にあるように思えるが、ここで重要となるのはどれが最も容易いか、である。

 アーキ密教の目から見れば、帝国の守護者たちと戦うか、実力が読めない女神の国の使節団を襲うか、何も知らない無力な陶器職人の女の子をさらうか、という選択になる。

 どれが最も容易いかを判断するのは簡単だ。


「で、その女がどこにいるのかわかるのか?」

「もちろん。なにせ帝国に教えたのもわしじゃからの」

「もしかして罪滅ぼしのつもりか?」

「半分はの」

「残りの半分は?」

「見てみたいからじゃよ。ただの女の子が、この世界の在り方を変えるところを」


 ロイはちびちびと飲んでいた酒坏を一気に傾けて酒を空にした。


「わかった」


 そう言ってロイは、牙を剥くように笑った。


「俺がその愉快なそうな女を守ってやるよ」

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