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28.二度目


 体力はすぐに尽きた。

 ネモの気持ちが元気いっぱいだとしても、身体はそうはいかない。

 自慢ではないが、ネモの基本は引きこもりであり、体力を要するような労働は生まれてこのかたしていない。

 子供たちと遊んでいるとネモは次第についていけなくなり、しまいには子供から心配されてしまう始末であった。


 子供たちとの交流後は、孤児院の施設内を案内された。

 子供の頃をプライマの孤児院で過ごしたネモにとっては、そこは天国のような場所に見えた。

 この世界の基準ではお世辞にも立派な施設とは言えなかったが、これでもルーベル社の支援によってかなり改善されたらしい。

 特に食事面の改善が一番大きかったらしく、以来子供たちは目に見えて元気になっているそうだった。


 印象的だったのは、生意気そうな男の子が、わざわざネモにお礼を言いにきたことだった。

 職員から「食事が美味しくなったのはあのお姉ちゃんのおかげだよ」と聞いたらしい。

 

 来て良かった、とネモは思った。

 子供たちと遊ぶのは楽しかったし、感謝されるのも嬉しかった。

 自分の決断がこうして誰かの役に立っているのをこの目で見るのは、どこかの好事家が自分の作品を目のくらむような値段で買ったという報告を聞くよりも、何倍も実感を持った喜びとして感じられた。


 孤児院内の様子を見終え、午後には帰る運びとなった。

 最後に院長から再び多分な礼を言われて、孤児院を出発した。


 帰り道、ユリと話しながらも、ネモはどこか夢見心地な気分で歩いていた。

 とてつもない数の感謝をされてしまった。

 生まれてから今までにされたすべての感謝よりも多かったかもしれない。

 自分は、このためにミューズに来たのかもしれないとまで思った。

 

 しかも、ネモが助けられたのはこの孤児院だけではないのだ。

 ミューズ中にあるほとんどの孤児院を支援している。

 今日体験した成果の、実際には何倍もの成果があがっているはずなのだ。

 

 想像するのが難しかった。

 今日喜んで遊んでいた子供たちの何十倍の子供を助けられたかもしれない、ということは。

 

「ネモぴ聞いてる?」

「え? え? すいません」

「だと思った~」

「なんの話でしたっけ?」

「児童支援、やってよかったかもねって話」

「そうですね、ユリさんに頼り切りですけど、今日の様子を見て、お願いしてよかったと思いました」


 ユリはバツの悪そうな顔をして、


「ウチ、ほんとは反対だったんだよね~」

「そうなんですか?」

「だって、自分の力で稼いだお金なら自分のために使うのが普通じゃん?」

「じゃあなんで?」

「そりゃあネモぴが雇い主だからだよ、ネモぴの最終決定には逆らえないってわけ。それに、ネモぴがああしてなにかをしてほしいって言い出すなんて初めてだしね、なにを言っても最後にはそうなっちゃうだろうなって」

「それは、その、ごめんなさい」

「いいの、ウチも考え変わったから。お金なんて天国には持ってけないわけだし、それなら色んな人の未来のために使うのも悪くないなって」


 人の未来、その言葉はネモの心に響くものがあった。

 自分の行いが、多くの人の未来に影響を与えるかもしれない。

 ロイ・ヒューリーの言葉を思い出す。

 お前はしばらく世界の中心だ、と。

 戯言だと思った。

 誇張表現にもほどがあると思った。


 そうではないのかもしれない。

 このままいけば、ネモはもっと世界に影響を与えられる存在になれるのかもしれない。

 もうひとつの世界、ネモのいたプライマは、今どうなっているのだろうかとふと思った。

 ミューズ側から危険だと一方的な断絶を言い渡され、それで終わりとは思えない。

 帝国のことだ。アーキ密教を武力制圧でもし、安全を確保して再度交渉を始めようとするだろう。


 ミューズとプライマの交流。

 その交流が本格的に始まる頃には、ネモはどのような位置にいるのだろうか。

 もしかしたら、政治的なカードとして扱われるのではなく、重要人物として、二つの世界の橋渡しをできるような立場になれるのだろうか、とネモは夢想した。


 お互いがお互いの世界のことを考えて手を取り合えば、より良い世界ができるに決まっているのだ。

 もしそういった段階に至って、ネモが影響力を持てるような立場でいたらその時は――――


 歩道を、歩いていたのだ。

 ネモとユリはふたりで。

 道の中央には魔導車が走るための車道があり、そこには車がまばらに走っている。

 それは個人が持っている自家用車だったり、所属している商業組織所有の社用車だったりする。

 

 社用車にも、色々な種類のものがある。

 単純に社員が足として使う乗用車、大型の荷物を運ぶための貨物車。それに無人の流し巡回車。

 この巡回車というのは主要な通りを自動で巡回していて、希望者がいるとそれを乗せ、料金と引き換えに指定された場所まで運んでくれるというものだ。


 ネモがその存在を始めてしった時、危なくないのか? と質問したものだ。

 車というのは馬を超える速度が出て、しかもその重量と来たら馬の何倍もあるのだ。

 そんなものが無人で走っているなど、モンスターよりも脅威になるのではないかと心配したものだ。

 恐れるネモをユリは笑い、巡回車には完全に調整された微精霊が宿されており、その力で安全に仕事をするのだと説明した。

 実働してからの事故は数えるほどで、人間が運転しての事故の方が遥かに多い、というのがユリの言葉だった。


 今、ネモたちが進んでいる道のはるか先の車道側に、一台の巡回車が走っていた。

 ネモはそれを遠目で見ていた。

 なんの感情も感じさせない動きで、一定の速度を保って走っている。


 ネモとユリは歩みを進め、巡回車とすれ違うまでもう少しといったところだった。

 ネモは確かに見た。

 巡回車が、おかしな震えをするのが。

 それは、なにかの生き物が痙攣をするような、見るものを不安にさせる動きだった。


「ユリさん!!」


 ユリの手を引いた。

 ネモの中のなにかが警鐘を鳴らしていた。

 言葉では表せない感覚。いつかどこかで味わったことがある感覚が渦巻いていた。


「な、ちょ、わ」


 ユリが形のある言葉も出せずにいると、巡回車が速度を上げ、


 ネモは巡回車と自身の立ち位置が街路樹に塞がれるように移動を始め、


 巡回車が突如軌道を変え、


 恐ろしい速度でネモたちに向かってきた。


 街中に、とてつもない激突音が響いた。


 巡回車が街路樹に激突していた。

 その前部はめちゃめちゃにへこみ、街路樹が折れていないのが不思議なくらいだった。


「え、うそ、うそ、なに、また!?」


 また、という言葉が引っかかった。

 そう、まただ。

 来る時も鉄柱が建設中の建物の上から落下してきた。

 偶然は二度は続かない。


「ユリさん、サザンカさんに連絡してくれますか?」

「え、どゆこと? なんで!?」


 ユリは半ばパニックに陥っているようで、壊れた巡回車とネモを交互に見て、どうすればいいのかわからないようであった。


「いいから早く! 理由はあとで説明しますから!」


 ユリはネモの言葉に盲目的に従い、端末でサザンカに念話をかけた。


 思い出した。

 この感じ。

 プライマからミューズへと亡命する時に何度も味わった感覚。

 命を狙われる感覚だ。


***


 手近な店に入り、サザンカが迎えに来てくれるまで待った。

 結局その後は、なにも起こらなかった。

 後の調査で、巡回車の暴走は微精霊の調整ミスが原因とされていた。

 

 不幸な偶然が二度も続いた。

 そうかもしれない。

 確率的にはないとは言い切れない話ではある。

 

 それでもネモは、不穏な気配を拭えずにいた。

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