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26/61

26.晴れ時々


 体制が整うまでに半年かかった。

 恵まれない子供を助けたい、というネモの漠然とした願いをユリはその手腕で実現した。

 ゼロから始めるには時間がかかりすぎ、手元には莫大な予算があった。

 ユリは教会関係に多い非営利の慈善事業団体を支援することから始めた。

 破格の支援からの説得により実質的な傘下に収め、それを母体に組織は急速に規模を拡大していった。

 児童に対する慈善事業団体といえばどこも資金繰りには涙が出るような苦労をしており、ルーベル社の傘下に加わるのを友好的な買収をされるが如く歓迎していた。

 中には資金繰りに苦労していない団体もあったにはあったが、そういうところはヒイラギの時のような後ろ暗いなにかがあり、そういったところにはネモ経由でロイが”おしおき”に行き、その後団体ごとルーベル社の管理下においた。

 他にもユリがとった政策は多数あり、そのどれもが芽吹き、全体としてはかなり荒々しい変遷ではあったが、ようやく安定しつつあった。


 ネモとユリは一緒に歩いていた。

 遊びに、ではない。

 今日は視察なのだ。

 首都であるエターリから西にあるエイラ区の孤児院を目指していた。

 エイラ区にある孤児院は教会の管理する中で最大のもので、教会側からぜひ一度見に来てほしいと言われたのだ。

 ネモもユリから逐一話を聞かされ状況は把握していたが、実地は見ていなかった。

 良い機会だと考え、ネモは自身の目で孤児院の様子を見るためにエイラ区に来ていた。


 孤児院までの道中はふたりで並んで歩き、エイラ区の様子を見ている。

 エイラ区はエターリと比べると発展途中、という印象であった。

 建設中の建物がところどころに見られ、最新の建物と古い建物が混在していて、街としてはどこか混沌としていた。

 メインストリートとなる道はエターリとそう変わらずにミューズの大都会といった雰囲気なのに、人通りの多い通りから一、二本道を外れると、怪しげな気配の店が急に増えたりする。

 場所によってはよくわからない落書きが書かれていたり、窓ガラスが割れて半ば廃墟のようになっている建物があったりと治安が安定していないことを感じさせるようなところもあった。


「でもやっぱり利益は落ちちゃってるんだよねー」


 ネモは、ユリからの経営報告について聞きながら歩いていた。

 ユリの政策のひとつで、ルーベルブランドの売上の一部を児童支援に回すことにしていた。

 顧客に対して、この商品の売上の一部は寄付されることを明記して商品を売っているのだ。

 ネモはこの商売の仕方を提案したユリを天才だと思ったが、どうやらこちらの世界では前からある手法らしい。

 ブランドの印象を良くする効果と、販売の若干の増加を見込める反面、純利益は減るだろう、という説明は受けていた。

 今していたのはその中途報告であった。

 販売数の増加はユリの予想よりも僅かに多く、純利益の減りは計算通り、イメージアップが成功したかどうかは短期的に判断する事はできない、ということらしい。


「でも、その分貢献はできてるんですよね?」

「それはそう。今日行く孤児院の院長さんも感謝感謝感謝で、ああいうの見るとウチでもアガっちゃうなー」


 それを聞いてネモは自然と顔が綻んだ。

 ほとんど思いつきで、実際に動いてくれたのはユリではあるが、自分の決定が誰かの幸せに繋がっているというのはとても嬉しいことだった。


 大通りはエターリと同じで、道の中央は車が走るスペース、人間が歩くのは建物沿いの歩道になっていた。

 ネモがエイラ区を歩いていて思うのは、首都に比べると個人経営の店がかなり多いということだ。

 特に食べ物屋が多い。ネモは商売のことは詳しくわからないが、これだけ乱立しているとお互いにライバルとなって大変なのではないか、と思った。それをユリに聞いてみたところ、同じような系統の店が密集しているのは、それはそれで利点が大きいらしい。「ネモぴが陶工の道具なりを買う時もさー、点々とそういった店があるところと、密集してるところだったらどっちに行く?」と言われてネモはなるほど、と納得した。


 ふたりが歩きで孤児院を目指している理由は、ネモがエターリ以外の違った場所を観光、というのもあったが、半分は帰り道にどこで遊ぶかを見定めるためであった。

 単に孤児院の視察というだけであれば、流しの無人車を使うなり、場合によっては飛空艇フライヤーで直に孤児院に着地する手段もあったかもしれないが、近くの駐挺所に飛空艇フライヤーを停めてわざわざ歩いているのはそのためだ。

 道の少し先に建設中の建物が見えていた。工程は全体の七割程度といったところで、建物には覆いが被され、その屋上にはなにやら魔道具で巨大な鉄柱が釣ってあった。

 ネモはそれを見て驚く。まるで巨大な怪物が鉄柱を咥えているようにも見えた。

 ミューズの建物はどれも背が高いが、その建物がどうやって作られているのかを目にしたのは初めてだった。


「あ、ネモぴネモぴ! あの店とかどう?」


 ユリが立ち止まって示しているのは通りの対面の店で、年季の入った様子ではあったが雰囲気の良さそうな落ち着いた喫茶店だ。

 茶色を基調とした外壁に、店の窓際には植物を植えた植え込みがあり、店内の席からちょっとした緑が楽しめるようになっているようだった。


「良さそうですね」

「じゃあ帰りのお昼はあそこで食べよっか!」


 そう言ってユリが先に歩き出した。

 ネモもそれに続く。

 ふたりで歩くのもだいぶ自然という感じになってきた。

 ユリは多忙ではあるが、ちょくちょくネモと出かけていて、どこかに行く時は必ずネモが大雑把な希望を教え、ユリが行く場所を決める、という方式だった。

 ネモは先導してガンガンと決めるタイプではないので、この方法がふたりにはあっていた。


 なぜ気付いたのかは、説明はできない。


 意識の外で視界の端に入っていたのかもしれないし、道に見えていた影の大きさの変化に気付いていたのかもしれない。

 しかし、今のネモにはそんなことを意識する暇はなく、身体が勝手に動いたとしか言えない。

 

 ネモは、先を歩くユリに追いついたと同時に、その服の裾を引っ張った。


「ちょっとネモぴなに~?」


 ユリが立ち止まり、不満そうな声を上げて振り返り、


 不吉としか言えない一瞬の風切り音が確かに耳に響き、


 続いて轟音と共に空から落下した鉄柱が歩道を潰すように地面に突き刺さった。


 全身に響く衝撃と、自らが歩くはずだった道に突き刺さる巨大な鉄柱。

 スカートに飛び散った細かい石片がぶつかる。

 ネモはゾッとした。動悸は激しいのに恐ろしく身体が冷たいように感じた。

 ユリも背後の轟音に振り返り、そのまま歩いていれば自らの命を奪ったであろう鉄柱を目にした。


「うそ……」

 

 ユリは人間が本当に信じられないものを目にした時のみ出せる声音でそう言った。

 

 周囲の人間が騒然としていた。

 誰もが道に突き刺さる鉄柱を見ていた。

 端末で写真を撮っているもの、端末で念話をしているもの、とにかく騒いでるもの、人を呼びにか走り去っていくものと様々だった。


「おーーーーーーい!! だいじょうぶかあああーーーーーーー!!」


 と建物の屋上から声がした。

 すぐに別の者が工事中の建物から現れ、怪我人がいないかと大声で叫んだ。


 固まっていたユリが再始動して、工事者に猛烈な抗議を始めた。

 ユリの剣幕はものすごく、ネモも止めるべきかはわからなかった。

 なにしろ、一歩間違ったら命を落としていたのだ。

 ユリはネモにはわからないこの世界の法律に関する言葉をすごい勢いで捲し立て、工事員はひたすらに平身低頭するばかりであった。


 結局、滅多に見られない魔道具の故障ということだったらしい。

 そのうちエイラ区の治安維持員が現れ、事故に最も近かったネモたちも多少の聴取をされ、目的の孤児院に着く時間は、予定よりたっぷり一時間は遅れた。

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