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25.酒瓶を傾けて


 ネモは怒っていた。

 わかってはいたことなのだ。

 女神の国は、単なる異世界でしかないことを。

 ミューズは弱き者を救う女神が作った理想の世界ではない。

 ネモのいたプライマに比べれば平和でこそあるが、汚い部分がないわけではないのだ。

 それでも、ネモは許せなかった。

 弱き者を食い物にするような組織があることが。

 ヒイラギが失敗し、アオギリ一家とやらはどんな形にせよ次の手をうってくることだろう。

 ならば先手を取ろうと思った。

 

「シラユキ、サザンカさんに連絡を取ってくれる? 内容は、ロイ・ヒューリーに早速借りを返してほしい、と。アオギリ一家を懲らしめるように伝えてって。必要なら事情も説明して」


 シラユキは小考するような間を開けてから、


「わかりました」


 とだけ答えた。


「ユリさん、お願いしたいことがあるんですけどいいですか?」

「ウチ!? それは別にいいけど」


 場所を移した。

 応接室は使用しているので、社長室――実質的にはユリの部屋――に移動した。

 そして、ネモたちは部屋のすみの、ソファーとローテーブルがある区画に腰を落ち着けた。


「お願いもいいんだけど、ヒイラギくんはだいじょぶなの? その、ヤバいヤツらが関わってるみたいじゃん?」

「その件はもう処理済みと考えていいと思います」

「でもアオギリ一家って言ったら結構大きな……」

「たぶん、大きさはあんまり関係ないですよ」


 ネモはアオギリ一家とやらについてほとんど知らなかったが、要は単なる犯罪組織なのだろう。

 犯罪組織が用いるのはもちろん暴力なはずだ。こと暴力に関してロイ・フューリーほど信頼できる人間はいない。

 ただの犯罪組織がプライマの圧倒者をどうにかできるとはとても思えない。


「それはもう解決として考えてください」


 ユリは納得できていないようだったが、渋々、といった様子で頷いた。


「それで、ネモぴがお願いしたい話ってなに?」

「わたしのお金についてです」

「お金?」

「はい。管理してくれているユリさんならわかってるでしょうけど、今わたしの手元には使い切れないくらいのお金がありますよね?」

「それは、まあ、そうだね。ちょっとした大富豪って言っていいかも、しかも先行きの明るい」

「このお金を、子どもたちを助けるために使えませんか?」

「どこかに寄付したいってこと?」

「というよりも、わたしの主導でそういった組織が作れないでしょうか?」


 ユリは考え、


「できる……とは思う。けどどうして?」

「増え続けるお金について、ずっと使い道というものを考えてました。わたしは今の生活だけでも十分過ぎるくらいですし、なにか使い道はないかなって。それが今日、わかりました。わたしは誰かを助けるためにお金を使いたいんです。本当にお金というものが必要な人たちを」

「それが、恵まれないこども?」

「初めはそれでいいと思います。前にユリさんと出かけた時の公園で浮浪児を見た時も思いましたし、今日のヒイラギくんを見ても思ったんです」

「本気で私財を投げ打つつもり?」

「わたしのお金というより、たくさんお金を持っている人のものが流れてきたとしか思えませんし、それで構いません」


 ユリは髪の毛をいじり、しばし考える素振りを見せてからニヤリと笑った。


資金洗浄マネーロンダリングってわけね」

「まね……?」

「なんでもないわ。要するに、ネモぴの私財を使って慈善事業に注力してほしいってわけだ」

「できますか?」

「ウチを誰だと思ってるの?」


 ユリは頼もしい笑みを浮かべた。


「しかしネモぴはすごいなー、ウチならお金なんていくらあっても困らないのに」


 ネモも微笑み、


「ただお金の使い方がわからないだけだと思いますよ」

「大金を手に入れて、一番始めの使い道が他の人のためにーだかんね」


 ユリは、ネモの紫色の瞳をじっと覗き込んだ。

 そうして言う。


「ねえ、ネモぴって、マジで女神様の生まれ変わりだったりする?」



***



 ロイは傾けた酒瓶を口から離し、満足気に喉を鳴らした。


「カーーーーッ、うめえなこりゃあ!」


 アオギリ一家のワインセラーから我が物顔で見繕った一品である。

 蒐集家が見たら卒倒しそうな銘柄を、まるで安酒でも飲むような調子でラッパ飲みしている。

 ロイは、ある場所に座りながら酒を飲んでいる。


 アオギリ一家の拠点の、ボスの部屋は惨憺たる有様だった。

 机は横倒しに倒れ、壁に激突した椅子は砕け、原型を留めているものはひとつとなく、まるで廃墟から時間の経過だけを抜き取ったような具合だ。

 その部屋にある音は、ひとつしかなかった。

 

 人間の、うめき声だ。


 負わされた負傷による苦痛の残滓に苦しむ声が、その部屋を満たしていた。


 ロイが座っているのはそんな部屋の中心の、倒れ伏した人間の上だった。


「しかしなかなか感動する話だな、お前もそう思わないか?」


 ロイは酒瓶の尻でその人間の頭を小突いた。


 それは、アオギリ一家のボスであった。

 倒れ伏したボスの背中に、ロイはどっかりと腰を下ろしてゴキゲンに酒をやっている。


「た、たのむ…… もう勘弁してくれ……」


 ロイは調子のいい口調で、


「もうこれ以上はやらんから安心しとけ、俺は機嫌がいいんだ」


 そう言って酒をラッパ飲みする。


「それで、なんの話をしてたっけ?」


 ロイの顔は赤らみ、酔いが回り始めていた。


「感動がどうとか……」

「それそれ、お前も感動しただろ?」


 ボスは否定すれば殺されるとでも思っているかのように首をガクガクと縦に振った。


「しかしあの嬢ちゃんが、仕掛けてくれとまで言うとはねぇ。お前らがなにをしたか知らんが、どうやら竜の尾を踏んだらしいな」


 あれ、こっちには竜っていたっけ? と言いながら再び酒瓶を傾ける。


「懲らしめて、なんてかわいい話だが、まあ合格点をやってもいい。いい具合に懲らしめられてるか?」


 ボスは再び首をガクガクと縦に振った。

 ロイは怪訝な顔をし、


「お前は女か?」


 ボスはガクガクと首を縦にふる。


「俺の親父は実はお前か?」


ボスはガクガクと首を縦にふる。


「だめだなこりゃ、まあ効果はあったってところか」


 ロイは笑う。


「初めは漏らしてゲロ吐いてた嬢ちゃんが、今やこの俺にワルモノ組織をツブしてくれなんて頼むとはね」


 再度酒瓶を傾け、いかにもオヤジ臭い息を吐く。


「娘なんていないが、娘の成長を見守る父親ってなぁこんな感じなのかもしれんなぁ」


 ロイは廃墟となった拠点で上機嫌に酒を飲む。

 ボスは、まだガクガクと首を振っていた。

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