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23.借金大王


 ある日の午後だった。

 ネモはいつも通り午前は工房で過ごし、午後は家でのんびりと過ごしているところであった。

 ネモがリビングでくつろいでいると、シラユキが見たこともない顔をしてやってきた。

 困っている表情、だと思うのだが確信は持てなかった。


「どうしたの?」

「ネモ様、来客なのですが」

「来客? 予定を忘れてたの?」

「いえ、突然の来客でして……」

「どなた?」

「その、私も知らない人間でして、ネモ様に名前を伝えればすぐにわかるとだけ言われて」

「わたしの知ってる人? 誰かな?」

「さすらいの旅人、ロイ・フューリーと言っておられました」

「ああ……知ってる人……お客さん扱いで大丈夫」


 なにも唐突に来なくてもいいものを、とネモは思った。

 来てくれるなら歓迎するし、それなりの準備は整えたかった。

 

「今はどうしてるの?」

「玄関で待ってもらってます」

「行きましょう、わたしも一緒に迎えに行くから」


 玄関の扉を開けると、そこにはロイがいた。

 半年以上ぶりに会うロイの姿は、ずいぶんと様変わりしていた。

 主に格好が。

 派手な花柄のよくわからないシャツに短いズボン、それにサンダルという格好でプライマにいた頃と違ってバカンスを楽しむおっさんにしか見えない出で立ちだった。

 それでも、ネモはロイが元気にやっていたことがわかって嬉しかった。サザンカはロイがなにをしているのかを教えてくれなかったからだ。


「嬢ちゃん、か……?」

「? ロイさんどうしたんですか?」

「嬢ちゃんか、そりゃそうか。いやなに、髪型が前と違って印象が変わった、と思ってな」

「ああ、これですか。こっちの方が楽ですし、ここでは瞳の色でなにか言われることはないので」

「そういう理由で隠してたのか、なるほどな」

「それはそうと、急にどうしたんですか?」

「ちょっと色々あってな、上がらせてもらっていいか?」

「ええどうぞ」


 家の中に招き入れて、シラユキに言う。


「シラユキ、お茶の準備をお願い」


 シラユキはすぐに二階へと上がっていった。


「あのちっちゃい嬢ちゃんはなんだ? 侍女にしちゃ幼すぎるようだが」

人形ドールらしいですよ。そうは言ってもわたしにとっては頼りになるお手伝いさんですけど」

人形ドール!? はー、人形っつったら物騒なのばっかだと思ったら、あんなのもいるのか」

「物騒? わからないですけど。とりあえずあがってくださいな」


 ロイはネモの家へと上がり、家の様子を見ながら関心したように言う。


「大した屋敷だな。るーべるぶらんどだったか? 見たぞ。商売の方は順調なんだろ?」

「ええ、といっても全部ユリさん――わたしの代理で色々なことをしてくれる人に丸投げなんですけどね。利益がすごいそうなんですけど、わたし自身はお金がいくらあっても使い道がないので、逆に困ってるんです」


 応接間に通してふたりは座り、いくらもしないうちにシラユキがお茶と茶菓子を持ってきてくれた。

 シラユキはネモのうしろに立ち、どこか信用ならないような視線でロイを見ていた。シラユキのこんな反応は初めてだった。


「それで、今日はどうしたんですか?」

「ああ、ルクが嬢ちゃんに会いたいって言っててな」


 ロイの呼び声に反応したのか、それとも自分で姿を現したのか、ルクがロイの隣に出現した。


「やっほー、ネモ元気だった?」

「ルク! お久しぶりです!」

「前髪のやめたんだ? そっちの方がかわいくていいと思うな」

「えと、その、ありがとう」

「ネモの方は色々うまくやってるみたいじゃない? そこら中で噂になってるよ」

「噂、になってるんですか? どんな?」

「謎に包まれた億万長者! みたいな?」

「え……」

「あとはとんでもない美人だとか、本当はおばあちゃんだとか」

「なんですかそれ」

「知らないわよ、でも正体不明の人物として有名みたい」


 なんだか納得いかなかった。

 姿を見せないのはユリの戦略で、神秘的なイメージをつけたいそうだ。

 ネモとしても姿を見せるのは恥ずかしいので構わないのだが、好き勝手言われるのは不本意であった。


「ロイさんたちはなにをしていたんですか?」

「聞いてくれる!? コイツまためちゃくちゃしてるのよ!!」

「めちゃくちゃはしてねぇだろ。両世界の交友を願って極めて紳士的な態度でだな」

「はいはい紳士的紳士的。コイツね、アの国のカジノで紳士的に大損ぶっこいて、借金返すために地下闘技場コロシアム軍用人形ドールを紳士的に殴り倒しまくって出禁くらって、そっから懲りずにカジノで大負けしてこうしてリの国に逃げてきたってわけ、紳士的にね」

「おいおいそんな言い方すると嬢ちゃんが勘違いしちまうじゃねーか」

「なに? わたしなにかひとつでも間違ったこと言った?」

「ああ、最後の賭けは実質俺の勝ちだったって、あと一個ズレてりゃ二十倍だったんだ。あれはボールの動きが不自然だった。絶対やってるわあのカジノ」

「アンタずっとそれ言ってるじゃないバカなの! 負けは負けなの!」

「負けにも内容はあるんだよ! 歯が立たないのとギリギリで負けたんじゃ天と地ほども違う。あんだけギリギリだったら次は勝つに決まってんだ」

「バーカ! ほんとバーカ!! ネモはこんなのにお金貸してあげる必要ないからね!!」

「え?」


 ロイはそれを聞いて、実に気まずそうな顔をしている。

 ルクはロイを責めるような鋭い目つきで睨みながら、


「アンタまさかまだなにも言ってないの?」

「いや、まあ、それはだなぁ……」

「あっきれた!」


 プイ! と身体全体を回転させて、ルクはロイからネモに向き直った。


「コイツはねぇ、金の無心に来たの! ネモが儲けてるみたいだから借りようってさ」

「それは、別にいいですけど」

「ほらネモも呆れ……え? いいの?」

「はい、ロイさんにはお世話になりましたし、お金は余裕ありますし」

「あー、それは例えば1000万とかでもいいのか?」

「いいですよ」

「アンタちょっと借金は五百じゃない!! なんで二倍借りるのよ!!」

「いや、それはまあ、今後の軍資金がなぁ」

「軍資金ってまた賭け事!? 正気!? ほんとバカバカバカ」


 ふたりのやりとりを見て、ネモは懐かしい気分に浸っていた。

 ミューズに来るまでにロイたちと過ごした時間は一月足らずであったが、ネモの人生で一番濃い時間だった。

 ネモは急に、とてつもなく遠い場所まで来てしまったような気分に襲われた。

 実際そうなのだろうが、そんな気持ちになったのは初めてだったのだ。


「シラユキ、ロイさんに貸してあげてくれる?」


 シラユキは不服そうな顔をしていたが、


「ロイ様、端末をお持ちですか?」


 ルクに髪の毛を引っ張られながら、ロイはポケットから端末を取り出した。


「ほいよ」


 シラユキの瞳が一瞬だけ黄色く光り、それに呼応するようにロイの端末が赤く輝き、ピロン♪という小気味よい音を鳴らした。

 ロイは端末を操作して、


「おおおお……」


 と唸っている。


「ネモはもう甘いんだから…… コイツにお金なんか貸してもロクなことにならないわよ」

「大丈夫だって、倍にして返してやるからよ」


 そう言ってロイはとてもいい顔で笑った。

 ネモはその顔を見て、これは返ってこないな、と確信した。


「もしかして、ほんとにお金を借りるために来たんですか?」

「ま、まあだいたいな」


 ロイはちょっと気まずそうだ。

 圧倒者、と呼ばれていた実力者にはとても見えず、どこにでもいそうな小物のおっさんという雰囲気を醸し出している。


「あとはまあ、一応忠告をしにきた」

「忠告?」

「こっちの世界で嬢ちゃんはどうもうまく行き過ぎてるような気がするからな」

「それは……そうかもしれません」

「こっちの世界は単に向こうより進んでるってだけなのを心に刻んどけ」

「どういう意味ですか?」

「人間は人間で、悪党は悪党だってことだよ」

「いきなりなんです?」

「遠見のおばあは、お前といれば面白い経験ができると言っていた」


 そういえば、ロイは前にそんなことを言っていた気がする。


「それなりに愉快なことはあったが、これで終わりとは思えんのよ」


 それは、どこか不穏な気配を孕んでいた。


「もし暴力が必要なら、サザンカ経由で俺を呼べ。そういう借りの返し方もいいだろう」

「暴力なんてそんな……」


 いりません、と言いかけて、ネモの頭の奥底がそれを否定した。

 なにが起こるのかわからないのが人生、というのはこの一年で十二分に把握していたからだ。


「じゃあ俺はお暇させてもらう。また機会があったら遊びに来るわ」

「そんな、夕食くらい食べていってはどうですか?」

「いや、逃げなくちゃならんしな」

「誰からですか?」

「サザンカだ。もうじき来るだろ」


 そう言って、ロイは颯爽と去っていった。


 一時間後に、ロイの言った通りサザンカが来た。

 お金を貸した件を話したら、ネモはこってりと怒られた。


 えらく騒がしい一日であった。

 

 風呂から上がって、寝る前になって気になっていたことをシラユキに質問してみた。


「シラユキ、ロイさんが気に入らなかったみたいだけどなにかあったの?」


 シラユキは言うか言うまいか迷い、結局不満そうにしながら口を開いた。


「あの人は、シラユキが出てきた時にチビちゃんと言ったので」

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