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17.単に売るのも楽じゃない


「ネモ、あなたには会社を設立してもらいます」

「かい……え?」


 ネモの家の応接室にサザンカが訪れていた。

 テーブルを挟んでネモとサザンカがソファーに座り、ネモの横にはお茶を出し終わったシラユキが侍女よろしく控えていた。

 サザンカは小さなため息を挟んでから話し始めた。


「この一ヶ月で決まったことを説明するわね。まずプライマとの交流についてだけど、これは一時的に中止、ということになったわ。ミューズ側の使節団が危険に晒されたのは動かしがたい事実で、安全が確保されるまで交流の再開は保留。ミューズに来ていた帝国の使節団も退去し終わって、それに関しては一段落といったところ。もうこちらの世界に帝国の人間はいないから、ネモもようやく外を出歩けるわよ」

「そ、それは良かったです」


 そうなのだ。

 ネモがミューズに来てから一ヶ月経つが、未だに大手を振るって観光、というわけにはいかなかった。

 ネモが望んだ亡命ではあったが、それが帝国に知れたらまた問題になる。


「会社を設立っていうのはね、一月にわたる三国間の会談の末のあなたの処遇が確定したのよ。あなたが滞在する国は早い段階で我が国、ということに決まったけど、そこには色々な問題があったの。特に重要なのは、貴方の作品がどのように扱われるか。他の二国は、貴方の作品を我が国で独占するつもりではないか、と恐れたのね。だからそれに対する話し合いがずっとされていたの。色々な案が出されたけど、結局ネモの作品はリスティーズを通してのオークション形式で売りに出されるように決められたの。国が関わらずに貴方自身がオークションに出すならば平等ってね。ただそうなると金額が問題。相当な値がつくはずだから、個人では処理しきれないことも色々と発生するはず。税金、手数料、資金管理その他諸々ね。だからいっそ形式だけでも会社を設立してしまった方がいいと思うの」


 言い終えたサザンカの目は、何か意見はある? とでも言いたげであった。

 ネモは孤児で、孤児院を出たあとはずっと見習い職人として過ごしていた。

 見習い職人は個人で作品を売ったりはしないし、税金に関しても所属している工房に任せっきりである。

 ネモは作品を売るということについて、ほとんどわかっていないに等しい。

 そこにさらに異世界の知識を求められたら、もはやなにも知らないといって差し支えない。


 聞くべきかは相当迷った。

 ネモはおどおどとした態度で口を開くか迷い、自身の頬が紅潮しているのを感じながら、ようやく質問する決意が固まった。


「あの……」

「なに? 質問ならなんでも答えるわよ」


 ネモは言う。


「かいしゃ……ってなんですか?」


 この時のサザンカの顔を、ネモは生涯忘れないと思う。



***



 シラユキは超高性能人形ドールであり、できないことはほとんどないと言っていい。

 まずは募集の準備から手を付けた。

 作業はシラユキ主導で行われ、サザンカがそれを手伝った。

 ネモはと言えば、ふたりの後ろをおろおろしているのが常で、シラユキに「ネモ様は座っていてください」と何度も言われてしまった。


 なんの募集かと言えば経営者の募集だ。

 初めにネモの作品の出品をするが、その利益をどう使うかはまだ決定していなかった。

 なにせネモがなにもわからないのだから決めようがない。

 単に仲介人を雇うだけ、という選択肢もあったにはあったが、色々な可能性に対応できるようにしたほうが良い、という方針から優秀な経営者を雇うことにしたのだ。


 設立する会社のトップこそネモであるがそれは完全なお飾りであり、経営は優秀な人材を雇いそこに丸投げするのが良かろう、ということだった。

 それには信頼できて、優秀な人物が必要だ。 

 当初シラユキたちは、優秀な人材がそう簡単に捕まるはずもなく、選別には時間がかかると踏んでいた。


 募集の仕方も問題だった。

 ネモが個人的に売る、というのは三国間で話し合った結果であるので、国家間で共有されている情報である。

 この条件から、ネモフィラ・ルーベルが作品を売るための仲介人を探すであろうことは容易に予想できる。

 単純な仲介人探しの場合、ネモが雇うような人物をどこかの国が滑り込ませてくる可能性があるのだ。

 どこかの国の肩を持つ人間を雇ってしまった場合、三国間の平等は維持されない。それでは本末転倒だ。


 最終的な募集方法はリの国の政府から公募という形になったが、仕事内容はかなりボカした形での募集となった。

 勘のいい者は察するかもしれない、そういった書き方だ。

 シラユキは、ここから国家的な思想を持った人間の排除をした。

 そこから更にシラユキが満足するような水準の人間を選び出すとなると候補はほとんど残らないかもしれなかった。


 それでもシラユキはまずこの方法から試すことに決めた。

 ネモはと言えば、シラユキの「これでよろしいでしょうか?」という質問に壊れたおもちゃのように首を縦に振るだけであった。


 これで見つからなかった場合は直接スカウトをしていくことになる。

 シラユキが言うところによれば、条件に該当する人間が一人見つかれば上等といったところらしい。

 だから、ネモはまだなんの覚悟もせず、自分はシラユキに任せきりでよいのだと考えていた。


 結果から言えば、アホほど集まった。


 公募を始めた四日後の夜、ネモの部屋に書類の束を持ったシラユキがやってきたのだ。

 シラユキの小さな身体は書類の束で隠れてしまっていた。

 机に書類の束が置かれ「ネモ様、これを御覧ください」というシラユキの声。


「これはなに?」

「候補者の応募書類でございます」

「おうぼしょるい?」

「はい、ネモ様の元で働きたいとする応募者の職務履歴書でございます」

「しょくむりれきしょ」


 なにもわからない。

 恥ずかしい話ではあるが、本当にわからないのだから仕方がない。

 幸いなのは、シラユキは絶対にネモを馬鹿にしたりしないのがわかっているということだった。

 むしろ逆に気を使ってもらいすぎて申し訳ない気持ちになるほどであった。


 作業はシラユキの謝罪から始まった。

 どうも事前に情報が漏れてしまっていたらしい。

 ネモがミューズに来ていることは、未だ正式発表こそされていないが公然の秘密となっている。

 それはいいのだが、募集についても噂が広がってしまっていたようなのだ。

 曰く、


―――ちかく、プライマから来たあの人が自分の作品を売る専属の仲介人を探すらしいぞ。


 そこにドンピシャリな求人である。

 応募が殺到した。

 求人は一名だ。

 その倍率は四千八百六十四倍。

 それも、厳しい応募条件を満たして応募してくる人間がそれだけいたのだ。

 シラユキが言うところによると、お前はどう考えてもこんな怪しい求人に応募するような立場じゃないだろう、と思われるような、大企業のトップに近いような人物もいたようだ。


 ここ二日のシラユキの仕事はひたすらに応募書類の選別であった。

 そこからシラユキは十名まで候補を絞ってくれたらしい。

 ネモの目の前に置かれている書類の束はそれだ。


「正直、この十人であれば、誰を選んでも後悔しないと思います。ありがたいことに、それだけの人間が集まってくれました。ネモ様はここから五人を選んでください」

「五人? 一人じゃないの?」

「はい、最終的には一人ですが、五人にまで絞り、そこからは直接会っての面接をしてもらいます」

「め、めんせつ? それって、わたしが会って選ぶってことですか?」


 シラユキはネモの不安を察したのか優しく微笑んで、


「大丈夫ですよ、私とサザンカ様も同席しますので。その書類には応募者からの職務履歴書と、私個人が集めた情報が添えてあります。わからないところがあればなんでも答えますので質問してください」


 ネモは机について言われた通りに書類に目を通した。

 シラユキは机の横に踏み台を持ってきて、それに乗り卓上の書類をネモと一緒に見て、ネモがわからなそうなところがあるとすぐに教えてくれた。

 ありがたいことに、ネモにはわからなそうな部分には、シラユキが書いてくれたのであろう、赤字の注釈があった。

 シラユキ作ってくれた書類には、ネモにもわかるような平易な言葉でその人物の雑感、評判、シラユキ個人の考えなどが事細かに書いてあった。


 誰も彼も立派に見えた。

 シラユキが言っていた、誰を選んでも後悔しない、というのは本当だと思った。


 五人を絞るのに、ネモはかなりの時間をかけた。

 この人たちは皆、ネモと仕事をしたいと思ってくれた人間なのだ。

 それも、おそらくはネモよりもずっと立派な人間が。

 適当に考えては駄目だと思った。

 わからないところがあったらすぐシラユキに質問し、ネモができる範囲で検討に検討を重ねた。


 その日ネモが風呂に入ったのは、深夜がかなり近くなってからだった。


 なんとか、候補者を五人にまで絞ることはできた。

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