15.そして女神の国へ
ネモは、この時ほど魔法というものに感謝したことはなかった。
「もぉ……しょうがないわねぇ……」
そう言いながら、ルクはネモの粗相を処理してくれた。
おずおずと立ち上がるネモの頭をぽん、とサザンカの手が叩いた。
「どうやらまた助けられてしまったのかもしれませんね」
「い、いえ、そんなことないです……」
「この子いきなり無茶するんだから!! 自分を殺そうとしてた相手を助けようとした時なんてマジィ!? って感じ」
ルクがすごい顔をしておどけて見せる。
「けど、結果は悪くなかったみたいね」
「立派だと思いますよ、私は」
そうなのだ。
自分はあの青年を助けることができたのだ。
ネモはそのことを思い返して嬉しさがこみ上げてきた。
自分にも、命を救うことができたのだ。
「えっと、あの人は……」
「さあ、すぐにどっか言っちゃった。向こうでロイに狩られてないといいけど」
そんな不吉な発言に、ネモが驚いて門の入り口に目をやると、
「狩っちゃいね―よ、人を快楽殺人者みたいに言いやがって」
ちょうど、ロイが門の中に入ってきたところだった。
ネモはロイの姿を見て息を飲んだ。
左目を手で抑え、そこからは血が滴っていたのだ。
「アンタどうしたのその目。アンタが手傷なんて、どんな生き物とやりあったの?」
「二本足で歩くおっかない生き物ににえぐられたよ、早いとこ治してくれ」
「お相手は?」
「奴らは勇敢だったよ、ところで早いとこ治してくれるとありがたいんだが」
「アンタねぇ…… それだけの傷をここですぐは無理、しばらく我慢してなさい」
ロイは舌打ちをひとつ。それからネモを見据えて、
「どうやら生き残ったみたいだな」
「あ、あの、ロイさんその傷は大丈夫なんですか……?」
「クソいてぇ」
言ってロイは笑う。
「まあ治る傷さ」
ロイはサザンカを見て、
「そっちのお姉ちゃんも無事、と。どうだ? 嬢ちゃんはなにか面白いことをしてくれたか?」
サザンカはロイを品定めするような目つきで見た後に、
「助けてくれましたよ、私を。それに自分の命を狙った相手も」
それを聞いてロイはクックと笑った。
「そりゃおもしれぇ。酒の席で聞く話だな。女神の国の酒ってなぁうまいのかい?」
「それは保証しますよ」
「ありがたい話だ。嬢ちゃんは酒を飲めるのか?」
「い、いえ、わたしはぜんぜんだめです」
「なんだつまらん。まあ早いとこ移動するか。こんな気味悪い場所に長くいたかないしな」
ロイは周囲を見回し面白くなさそうな顔をする。
「そうしましょう。では」
「おっと、嬢ちゃんに先導させてやろうぜ」
「なぜ?」
「ふさわしい活躍をしたんじゃないのか?」
サザンカは少し考え、
「そうですね。そうかもしれません。もう危険もなさそうですし」
「え? え!? わたしが先頭ですか?」
ネモは戸惑う。
自分はそんな柄じゃないと思うのだ。
それに、先頭で一番初めに女神の国に踏み込む、というのもなんだかおそろしい気がした。
「嬢ちゃん、随分浮かない顔をしてるな。女神の国に行ってみたかったんだろ?」
「そ、それは、はい……」
「じゃあ笑えよ」
「笑う?」
「これから憧れの場所にようやく行けるってんだろ? そういう場合、普通人間はそんな浮かない顔をせず、笑うもんさ、ほら」
促され、ネモはなんとかぎこちない笑みを浮かべて見せる。
「まあ五十点ってとこだな。さあ行こうぜ。違う世界ってやつに」
ネモが歩き出し、その後にロイと、サザンカと、ルクが続いた。
無事、女神の国に行ける。そう言っていいのだと思う。
ネモたちに大きな被害は出なかったし、ネモを襲おうとしたアーキ密教の人間まで助けることができた。
ネモが動いたことで、確かになにかが変わったのだ。
こんな自分にも、価値はあるかもしれない。
こんな自分でも、なにかを変えることができるのかもしれない。
そう思い始めていた。
真っ白な回廊を進む。
そのあまりにも非現実的な光景は、夢の中にいるようであった。
そこまで来てようやく、これから女神の国に行くのだという実感が湧いてきた。
サザンカから聞いた話では、女神の国はとても平和で楽園のような場所だそうだ。
良い暮らしができればいいと思う。新しい体験ができるといいと思う。
女神の国での生活を想像し、ようやく嬉しさが湧き上がってきたのだ。
ネモは白い回廊を進む。
その口元には、無理して作ったものではない自然な笑みが浮かんでいた。