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13.語らい


 ロイはここで見極めるつもりであった。

 ネモフィラ・ルーベルという人間を。


 遠見のおばあから面白い人間がいると言われてロイはここまでやってきた。

 確かにロイの目からもその片鱗は見受けられる。

 現状ネモフィラは、両世界から金の卵を生む鶏として注目を集めている。

 その様子を間近で眺めるのは面白いといえば面白いかもしれないが、ロイが注目しているのはそこではない。


 ネモフィラには、なにか特別なものがあるのでは、とロイは考えている。

 本人にその自覚はまるでないし、ロイもただの偶然でしかない可能性は考慮している。

 それでも、ネモフィラにはなにか感じるものがあった。

 

 最初に出会った時にしてもそうだ。

 ロイはアーキ密教の"声"のひとりを蹴散らしたが、その時にもネモフィラは敵の奇襲に感づいていた節がある。

 一旦退いたフリをして奇襲をしかける。常套手段ではあるが、それに固有能力ユニークスキルを絡めて、しかも高いレベルで行った場合そうそう気付けるものではない。

 おそらく相手の"声"は、瞬間移動するような固有能力ユニークスキルを持っていたのだろう。

 ロイにも相手が逃げると言った時には違和感があった。


 だが、それは数多の実戦経験を積んだ上での勘だ。

 それを戦いに関しての経験などまったくない少女が見抜いていた。

 異様だ。

 後から考えてみれば、敵の言葉にそういった色が含まれていた気もするし、相手はロイの影に一瞬視線を移していた気はした。

 ロイは経験からそれらを違和感と認識して警戒を怠らなかったが、ネモフィラはなぜそれに気付いたのか。

 ネモフィラは戦闘経験のない、ただの陶器職人見習いのはずだ。


 サザンカを協力者として引き入れた時に関してもそうだ。

 恥ずかしいから。

 そんなふざけたことを言ってロクに話もせず、最低限の情報だけ―――しかも信じてもらえなかったかもしれない―――を伝えて最初の出会いを終える。

 その後サザンカをアーキ密教に襲わせ、助け出して信頼を得て、固有能力ユニークスキルによる陶器の作成を目の前で行うことによってその信頼を確たるものにする。

 計算ずく、という可能性はあるまいか。

 いきなり事情を説明して交渉するよりも、十分な恩を売ってから交渉を始めることになる。

 偶然にしろ、どちらがより有利に話を進められるかは明らかだ。

 

 アーキ密教の動きを読んでいる点に関してもどこかおかしい。

 宗教的な問題や、その組織の理念、政治についてなど様々な知識があるならわからなくもないが、ネモフィラはただの少女なはずだ。

 それなのにその動きを正確に読んでいるように見える。

 ロイから見ても、起こり得る未来の予想としては説得力のある読みをしている。


 異常に頭の回る女で、それを隠すためにおどおどした少女を装っているのかもしれない。だとしたら恐ろしい話だ。

 あるいは、天性の『勘』を持っているのかもしれない。ほとんどの人間が一生をかけてもたどり着けないような勘を持った少女。

 それとも、単なる偶然なのかもしれない。確率の低い事象がたまたま連続で起こっているだけというのもあり得る話だ。

 

 だからロイはそれを見極めようと思った。


 ネモフィラにはなにかがあるのか、それとも偶然の連続でここまでたどり着いているのか。


 なにかがあるならここでもネモフィラは生き残るだろう。

 

 ロイはゲートのある丘の上に残った。

 晴れ晴れとして良い天気で、ピクニックにでも出かけたくなる陽気だ。

 人が死ぬにはおおよそふさわしいとは言えない。

 だが、おそらくはそうなるだろう。


 ロイにはロイの勘がある。

 ネモフィラが言っていた通り、アーキ密教はここで必ず仕掛けてくる。

 追撃が来るのは確実だ。

 ルクは感知できないと言っていたが、もう間もなく連中はここまでやってくるだろう。

 ロイは、それくらいは片付けてやろうと思う。


 見極めに使うのはゲートの中か、それとも出た後か、そこでの話だ。

 アーキ密教はもう仕掛けている。

 なぜそれがわかるのかは、ロイにも説明できない。ただの勘と言えば勘だ。

 しかし、勘というのは意識していない情報を深層心理下で統合して出した結論だ。

 その精度は、経験があればあるほど上がる。

 ロイは、こと殺し合いに関しては、その精度に関して絶大な自信がある。

 だからなにかはあるのだ。

 それは、ネモフィラ自身で凌いでもらう。

 サザンカという女の実力に関しては、まあまあといったところだ。

 戦士としては中の上程度、女神の国の魔道具アーティファクトがどれほど優秀か知らないが、単独ではこちらの世界の最上位層に勝てるレベルではないだろう。

 

 そしてアーキ密教が出してくる相手は、間違いなくこの世界の最上位層だろう。

 あれはそういう組織だ。


 だからこそ見極めになる。

 ここで死ねばネモフィラはそう面白い人物でもなかったとロイは判断する。

 だがここをも凌げば、それは遠見のおばあが言っていた通り、注目に値する人物である証明に他ならない。


 楽しみだ。

 ロイがひとりニヤけていると、丘の下から三人の人間が登ってきていた。

 向こうからもロイの姿は見えているはずだが、急ぐ風もなく落ち着いた足取りで近づいてきている。


 アーキ密教だ。

 間違いない。

 纏う空気でそれとわかる。

 三人のどれもが百戦錬磨の戦士に違いあるまい。


 三人は十歩と離れていない距離まで近づいたところで立ち止まり、三人の中から(いかめ)しい男が前に出た。


「ヴィザンリオンの圧倒者とお見受けします。どうかそこを通していただけませんか?」


 男はロイの姿を真っ直ぐに見つめ慇懃な口調で言った。


「あー、いーからいーから、そういうのはいいから」

「どういうことですか?」


 男は疑問調に言う。後ろの二人―――細身の男と野蛮な感じのする女―――も顔をしかめる。


「時間稼ぎだろう?」

「なんのことですか?」

ゲートの中でなにかあるはずだ。それでお前らは俺を足止めしたい、と」

「知らない話ですね」

「お前らは俺が退くとは思っていないし、勝てるとも思っていない」

「それはやってみなければわかりませんよ」

「なら真正面からこうやって話す必要はないだろう。三人で分かれて不意打ちでもしているはずだ」

「もし時間稼ぎならどうするのですか?」

「付き合ってやる」


 男は訝しげに、


「なんのつもりですか?」

「俺には俺の事情があるってことだよ」

「彼女を守るつもりはないと?」

「いんや、それはそれなりにある」

「意味がわかりません」

「いいんだよ、わからなくて。それとも安全におしゃべりして時間を稼ぐより、命の危険を犯して稼ぐ時間の方が尊いと思うか?」


 男はしばし黙考し、


「思いませんね」

「なら適当に話そうか。ここに来たってことは只者じゃないんだろう。名前と来た理由くらい知りたいもんだな」

「わかりました」


 女は正気か? という視線を厳しい男に向けた。細身の男は無表情。


「アーキ密教が声のひとり、"絶剣"のリーベルトと申します。貴方のおっしゃる通り時間を稼ぎに参りました」

「絶剣か、またえらいのが出てきたな。まさかアーキ密教にいたとはね」


 そこで割り込むように女が前に出た。

 鋭い目つきが獣を彷彿とさせる、女性らしさを感じさせぬ女だった。


「あたしはカルラス。巷じゃ”魔空”で通ってる。あたしは時間稼ぎなんかじゃなくアンタを消しに来た。圧倒者だかなんだか知らないけどアンタを消せばあたしの名前が世界に知れ渡る」


 ロイはクックと笑い、


「横にいる絶剣を倒しても似たようなもんじゃないか?」


 女は吐き捨てるように笑う。


「あたしはおっさんは好きなんだ。見境なく戦おうってわけじゃない」

「じゃあ俺のことは好きじゃないのか?」

「今んとこは最悪だね」

「それは光栄だ」


 そこで会話が止まった。

 お互いがにらみ合う形で対峙こそしているが、絶剣は抜く気配を見せず、カルラスと名乗った女もまた、まだ戦う様子は見せていなかった。


「そっちのお兄ちゃんはいいのかい?」


 言われて、細身の男はカルラスと入れ替わるように前に出た。


「リロイ・ボーディング」


 聞いたことのある名前だった。


「ああ、確か追放された宮廷魔術師だったか」

「存じていただき光栄です。私はこの世界のためにここに来ました」

「ほお、それは立派な志だな」

「知っていますか? 女神の国の人間は弱いんです」

「初耳だな」

「女神の国は、モンスターのいない楽園のような世界みたいですね」

「その話は知っている」

「なぜこの世界にはモンスターがいると思いますか?」

「さあ、神さんの気まぐれか?」


 男の目は陶酔の輝きを湛え、言葉は滔々(とうとう)と紡がれた。


「試練ですよ。神は我々人間がより強く成長できるように試練を与えているのです。だから我々は強くなりました。記録によると千年前は、人間はグリフォンを討伐できなかったそうですよ。しかし今は違う。これこそが神が望んでいる人間の成長なのです」

「倒せるか倒せないかは人によるだろ」

「割合の話ですよ。環境が我々人間全体の強さを押し上げているのは確かです。それこそが神の望みなのです」

「それで?」

「女神の国の人間は、試練がない故に弱くなった。そうした安全な環境で、小手先ばかりが成長して、生物としての強さを失ってしまいました」

「悪いが俺は女神の国がお前ほど好きじゃないんでね。向こうの人間についちゃあまり知らないんだ」


 リロイと名乗った男は、初めて感情らしい感情を見せた。

 憎悪だ。ロイの軽口に、冗談では済まない憎悪の表情を浮かべている。


「事実です。そうした人間と関わるのは我々の世界の人間をも弱くします。彼らの魔道具アーティファクトがこちらの世界に来れば、暮らしの水準は上がるでしょう。便利な道具、弱いものでも戦える武器。そうしたものはいずれ我々の世界そのものを弱くします。それは神の御心に反するのですよ」

「ならゲートなんて開かれないだろう。神さんは二つの世界が繋がるのを望んでいるんじゃないのか?」


 リロイは怒りを顕にした。


「これも試練なのですよ!! 堕落への誘惑を断ち切るための!!」

「じゃあ俺が試練になってやるよ。お前のな」


 そこで絶剣が再び口を開いた。


「その前に、ひとつ質問をよろしいですか?」

「よろしいよ」

「ありがとうございます。圧倒者、貴方ほど数多の強者を手に掛けた人間は歴史上でも存在しないでしょう」

「絶剣様からそうまで言われると少し照れるね」

「心が傷まないのですか?」

「あん?」

「それだけ多くの人間を殺して、心が傷まないのかと聞いています」

「傷まないね」

「なぜですか?」


 ロイは一度空を仰ぎ見た。

 信じられないほどの快晴だ。

 丘に吹く風は爽やかで、草の香りは心を穏やかにさせる。


 ロイは三人に目を戻した。


「俺は神を信じている」


 そう言った。


「天国での地位は、どれだけ勇敢に戦ったかで決まる」


 絶剣はもの言わず頷いた。


「俺が殺してきたのは勇敢な奴らだ。泣いて逃げるやつを追っかけ回したことなんて一度もない。俺がやるのは本気のやつだけだ。だから心は傷まんよ。俺と戦った奴らはみんな勇敢で、全員が天国へ行った。奴らは今頃天国でいい女に囲まれて、いいもん食って、好きなだけ昼寝をして、心配なんてなにもない暮らしをしている。そうに決まってるだろう?」


 絶剣も、カルラスも、リロイも無言でロイの言葉を聞いていた。

 その目には、物言わぬ肯定の光が宿っていた。


「アーキ密教に入りませんか? 貴方はそれにふさわしい」

「それも違うんだな。俺には俺の神がいる。そしてその神は好きに生きろって言ってるんだ。この一連の騒ぎも、この世界を退屈じゃなくすために起こしたと思ってる」

「それは残念です」

「さっきも言った通り、俺は逃げる相手は追わん。俺はお前らが別に嫌いではないよ。退く気はないか?」


 三人の目を見て、答えがどう返ってくるかは理解していた。

 それでもロイはきいた。


「退けば貴方はゲートに入るでしょう?」

「入るな」

「なら退けません」

「それは残念だ」


 ロイは首を左右に曲げて首を鳴らし、それから大きく伸びをした。


 そして、言う。


「じゃあ、まあ、殺し合うか」

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