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10.その存在の証明


 再び襲撃がある可能性は低いと思われたが、それでもすぐに宿を移した。

 ネモたちはサザンカを連れて自分たちの宿に移動し、ネモが泊まっている部屋でサザンカの手当を行った。


「ハイ! これで大丈夫! もう痛くないでしょ?」


 治療を終えたルクは元気良く言ったが、サザンカはどこか戸惑った風だった。


「え、ええ。ありがとうございます」


 ベッドから身を起こしたサザンカは、ルクのことを物珍しそうに見ている。

 もしかしたら女神の世界には妖精がいないのかもしれない。

 こちらの世界ですら妖精なんて滅多に見ないのだから、驚くのも無理ないだろう。

 

 ネモはベッドの側に椅子を持ってきて座った。 


「良かった。もし大事になったらどうしようかと思ってました。ルクもありがとうね」

「言ったでしょ? 暴力以外担当って。こんな怪我くらいちょちょいのちょいよ」


 サザンカはネモに向き直り、改まった態度で口を開いた。


「助けてくれてありがとう。あなたは先見なの?」


 その態度は、昼間会った時とは大違いだった。

 それを見て部屋の窓際に座っていたロイがクックと愉快そうに笑う。


「なぜ私が襲撃されるとわかっていたのですか?」


 ネモはまた緊張してしまう。

 どこから話せばいいのかわからなくなり、助けを求めるようにロイに視線を移す。


「俺は助けんからな。社交性を鍛えろ、社交性を」

「偉そうに! 社交性皆無のアンタがどの口で言ってんのよ!!」


 ルクの稲妻の如き蹴りをロイはひらりとかわし、そこから場の空気を全く読まないぎゃーぎゃーとした言い合いが始まる。


「あ、あの、すいません、気にしないでください。いつもそうなんです、たぶん……」


 サザンカはルクとロイのやりとりをしばらく見ていたが、諦めたようにネモに視線を戻した。


「それで、助けてくれたことには感謝してるんだけど、どういうことなのか教えてくれないかしら。私の方ではなにが起こっているのかわからなくて」

「えーとですね、その、どこから話せばいいのか……」


 おろおろとするネモに、サザンカは見兼ねたようにして優しく微笑んだ。


「いいわ。私が質問するから、あなたは私の質問に答えてくれる?」

「は、はい」

「私を狙ったのは誰?」

「アーキ密教の人だと思います」

「アーキ密教っていうのは? この国の国教はアーキ教じゃなかったかしら?」

「えっと、その通りです。アーキ密教っていうのは、アーキ教の分派で、勇敢に戦うことこそが神の御教えであると強く信じている人たちです。たぶん」

「天国での地位はどれだけ勇敢に戦ったかで決まる?」

「そう、それです。アーキ教では、避けられない戦いに赴かなければならない時の心構えとしてそういう教えがあります。アーキ密教の人たちは、その部分を過度に強調された教えを信じている人たちみたいです」

「私を狙う理由は?」

「その、女神の国っていうのは、アーキ教では臆病者が逃げる場所、みたいな位置づけなんです。追放された女神様が作った国ですから。アーキ密教では邪悪な女神が作った国なんだと思います。だからそんな国と交流させるわけにはいかないって動いてるんだと思います」


 サザンカは少し考え、


「つまり、その組織は私を捕らえて交渉の材料ないし、攻撃したこと自体で交流を妨げようとしてのね?」

「そうだと思います」


 サザンカはしばし思案に耽るような間のあとで頷いた。


「完全には信じるわけにはいかないけど、助けてくれたこともあるし、お礼を言うわ。それについては本隊に連絡して考えてみる。いいわよね?」

「はい、他の方々も危ないと思うので伝えてあげてください」

「それで、あなたはなぜそれを知っているの? あなたたちは何者?」

「それは、わたしも彼らに狙われたからです」

「あなたも? なぜ?」

「わたし自身も色々と信じきれてない部分があるんですけど、女神の国に贈られたものの中で、陶器がありましたよね?」

「彼方よりの翡翠ね?」


 ね? というわれてもネモにはわからない。

 ネモは作品に名前などつけたことがない。

 そんな大仰な名前を告げられて、急に自分の作品ではないのでは、と自信がなくなってしまう。


「名前はわかりませんけど、たぶんそれです」

「それがどうしたの?」

「その作者がわたしだからです」


 サザンカはネモを見つめ、その口から放たれた言葉を逡巡するように固まった。


「あの作品の製作者は、故ベース・プラギット氏だとうかがっているわ」

「ベース・プラギットはわたしの師匠です。その、わたしも知らなかったんですが、師匠はその、弟子の作品を自分の作品として世に出していたようで……」

「信じられない話だわ……」


 サザンカは頭を抱えた。

 その様は、ネモからしたら自身が襲われたことよりもショックを受けているように見えた。


「なにか証拠は示せる? 失礼かもしれないけれど、ちょっと信じられなくて……」

「見せてやりゃーいいんだよ」


 ロイが割り込んで言った。

 ネモは振り返ってロイを見ると、怒れるルクに髪の毛を引っ張られていた。

 まったく格好がついていない。


「目の前で何か作ってやりゃ―いいんだ。お前の能力チカラで」

能力チカラ?」

「は、はい、わたしはその、固有能力ユニークスキルで陶器類が作れるんです。普通に制作もできるんですが、能力で作った方が出来はいいみたいで、その、女神の国で話題になったものも、わたしの能力でつくったものみたいです」

「……見せてもらえるの?」

「出来なくはないですけど……」

「けど?」

「その、うまくいいものが作れなかったらごめんなさい」


 自信がなかった。

 今まで聞いた話は、すべてロイ経由だ。

 どこか遠くで自分の作品が評価された、と聞かされたとしてもなかなか実感のわくものではない。

 その上いきなりいい作品ができるかと言われれば、自信を持てという方が無理だった。


 それでもネモはやってみようと思った。

 なんの因果かわからないが、田舎村の職人見習いであった自分がこんなところで、違う世界の人間と関わっている。

 もしかしたら、自分のがんばり次第でよい未来が開けるかもしれない。

 

 目を瞑って呼吸を整える。

 手と手を合わせ、ちょうど水をすくうような形にする。

 イメージする。

 良いもの、評価されるもの、美しいもの。

 そこまで考えたが、ネモは違うと思った。

 女神の国の贈り物となった作品は、たしか森の自然に感動したのを意識して作った作品だったような気がする。

 彼方よりの翡翠、女神の国ではそう呼ばれているらしい。

 ネモは名前すらつけなかったのに、勝手に出世した自身の作品におかしさがこみ上げる。

 イメージではなく、感情を投影することを意識する。

 今のネモの感情。

 混乱、恐怖、それと同じくらいの未来への期待。

 手の中に、それが現れることを意識する。


 サザンカの、息を飲む音が聞こえた。

 目をあけるとネモの手の中にはひとつのコップが現れていた。

 ずいぶんと変わったコップだった。

 口縁の部分は薄い緑色、その他の部分は茶色をしていて、胴には細かい段がいくつもあり、見様によっては歪な容器にも見えた。

 それでもどこか調和が取れている印象を残す。

 悪くない出来だ、とネモは思った。

 ただ、その感想を他者が共有してくれるかはわからなかった。


 恐る恐るサザンカの様子を伺うと、サザンカは完全な無表情をしていた。

 ネモは、その表情の意味を間違って受け取った。


「す、すいません、変なの作っちゃって……!」


 サザンカの目は、その器に魅入られたかのように動かなかった。

 一度口を開きかけたが言葉を紡ぐのをやめ、それからようやく、


「素晴らしい……」


 その一言だけを発した。

 ネモの中で嬉しさが弾けた。

 どうしよう、褒められちゃった、そう騒ぎたい気分でいっぱいだったが、あいにくここにはサザンカも、ロイも、ルクもいた。

 サザンカの目はまさしく夢中といった様子で器に注がれている。

 ネモの顔が妙な感じに歪んだ。

 笑ってしまうのをこらえているのだ。


 サザンカはようやくネモの作った器から目を離し、神妙な面持ちで言った。


「あなたの言うことをすべて信じます」


 サザンカのネモを見る目には、敬意とでもいうものが宿っていた。


「改めて私を救ってくれたことに感謝を。そして我が使節団に対して危険を知らせてくれたことを感謝申し上げます」


 あまりの豹変ぶりに、ネモは怖くなってしまう。


「あ、あの、そんなにかしこまらなくても……」

「いえ、あなたはそれだけの人物です。よければ名前をお教え願えますか?」


 なんだか恥ずかしかった。

 困ったようにロイの方を見ると、ロイは面白がってニヤニヤと笑っていた。

 ルクもロイを攻撃するのに飽きたのか、ロイのぼさぼさの髪の上に座って似たようなニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 ネモはサザンカに向き直って言う。


「ネモフィラ。ネモフィラ・ルーベルです」

「ありがとうございます、ネモフィラ様。その名前は我が世界に刻まれるでしょう」


 サザンカはベッドに座りながら頭を下げた。

 顔を戻したサザンカの表情は色を変え、どこか困ったような、なんとも言えない表情になっていた。


「そ、それでひとつお願いがあるのですが、その器を譲っていただけないでしょうか?」

「え、これですか? いいですよ」


 はい、とネモが渡そうとするとサザンカがいきなり叫んだ。


「とんでもない!!」

「ごめんなさい!!!!」


 あまりの剣幕に、反射的にネモは謝ってしまった。


「いえ、いえ、怒っているわけではないんです。ネモフィラ様はご自身の価値がわかっていない」

「でも、これはある意味サザンカさんのために作ったものですし」


 その言葉を聞いて、サザンカの目から急に涙がこぼれ落ちた。

 無表情でネモを見つめながらボロボロと涙だけがこぼれるその様は正直こわい。

 しばらくそうして固まったあと、サザンカは正気に戻ったように目の涙を袖で拭い、


「すいません、取り乱しました。しかし、その作品は価値がありすぎるのです。おそらくですが、ミューズでそれを売れば、家が建ちます」

「いえがたつ」

「それも豪邸が」


 ネモはサザンカの言っていることがまるで理解できなかった。

 心を込めたつもりではあるが、自分が一分かそこらでそれだけの価値があるものを作り出せたと脳に納得させるのは不可能だった。

 ネモにとってそれは、自分が一分で豪邸を建てることができないのと同義に思えた。


「とにかく、対価はいくらでもお支払いします。使節団の本隊と連絡をとって……」

「わかりました」


 対価、という言葉でネモの考えがまとまった。


「これはサザンカさんにお譲りします。そのかわり、ひとつわたしのお願いをきいてほしいんです」

「本当ですか? それならなんなりと」


 ネモは、言う。


「わたしを女神の国に連れて行ってほしいんです」


 それを聞いたサザンカは一瞬言葉に詰まってから、


「それはつまり、ネモフィラ様はミューズに亡命したいということですか? なぜです? 政治的な理由でしょうか?」


 即答することは出来なかった。

 ネモは自分の考えをまとめ、それから口を開いた。


「それもあります。ロイさんから聞いた話では、帝国はわたしを利用したいみたいですし、わたしと接触してきた帝国の人間からもそれは感じました。それに、アーキ密教から狙われる危険を避けるために安全な場所に行きたいというのもあります。でも本当のところは」


 ネモははにかむような笑顔を浮かべた。

 自分の子供っぽい理由に、自分で自分を笑ったのだ。


「女神の国を自分の目で見てみたいんです。違う世界を」


 そう言って、ネモは手に持っていた器をサザンカに差し出した。

 サザンカは前髪に隠されたネモの瞳をしっかりと見据え、今度はそれを受け取ってくれた。


「わかりました。そういう事でしたら、この器に誓ってネモフィラ様をミューズにお連れします」

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