第一話
狭霧が立ち籠める浜辺に一本の銛と竹籠を両手に持ち、歩く一人の男がいた。
その男は猟師であり漁師だった。
日に必要な糧を時には山野から、またある時は海から必要なだけ戴く。
そんな生活を脈々と受け継ぐ採集狩猟民の末裔であった。
その日、朝早くから舟で海へと繰り出そうとしていたが嫌に凪いだ海を見て諦めた。
凪の海では魚が思うようには捕れない事を知っていたからだ。
そうして家に戻っている道中だった。
濃霧で視界は遮られているものの男の歩いている方向に、なにか大きな生き物が打ち上がっていた。
男は漁に出られず落胆していたが、その何かを見つけると一転、あれは鯆かもしれないという期待に腹が鳴った。
思わず走った。
しかし打ち上がっている生き物の側まで行きそれが鯆でないことがわかった。
急激に膨らんだ期待は萎んでいき、今度は不安という感情が男の胸の内を支配した。
男が見つけた生き物は人間だった。
「おい!大丈夫かぁ!?」
男は急ぎ、倒れている人間に声をかけた。
しかし同時にもう遅いかもしれないという考えもよぎった。
「おい!目ぇ覚ませ!」
何度も声を掛けながら体を揺すったり、頬を軽く叩いたりした。
そうしていると倒れている人間の体内からウーンと低い音が小さく鳴り始め、その直後倒れている人間はようやく目を覚ました。
「おぉ!生きてんじゃねぇか!よがったよがった。おめぇさん立てるかい?」
男が尋ねると倒れていた人間はゆっくりと立ち上がった。
互いの視線が交差し男はようやく二つの事に気がついた。
一つ、倒れていた人間の体は物凄く大きかった。
男は集落でも特段小さい方では無い(むしろ集落内で二番手の身長を誇らしく思っていた)が、その自分と比べてと倒れていた人間は頭二つ分程大きかった。
二つ、髪色と顔が合っていなかった。
倒れていた人間の髪の毛はまるで長老の様に白髪だった。
しかし新雪が如くきめ細やかな白い肌には皺一つ無く、顔には未だあどけなさが垣間見え、それは男に菊の蕾が今か今かと花を咲かせる前日にも似た美しさと危うさを感じさせた。
「お前さん一体どこから来たんだい?」
男は尋ねるが青年は答えない。
「拠点はこの近くかぁ?それとも何処からか流されてきたんかな?」
青年は返事こそ無いものの音への反応は見せていた為に耳が聞こえない訳では無いのが分かった。
「お前さんもしかして言葉がわかんねぇのか」
男は一つの結論にたどり着きそれは正解だった。
「どうすっかなぁ」
男は頭の後ろを触りながら考えにふけていると青年の瞳から光が消えたと思えばふっと男の方へ倒れかかった。
「お、おい!大丈夫かよ!!」
男も慌てて青年の体を受け止める。
青年は、気絶しているようだった。
「はぁ。本当にどうすっかなぁ」
男は青年を抱きながら途方に暮れた。