プロローグ
「あっ、オゼ様!」
少女は、オゼを見つけると駆け寄った。
「おぉ、ユリではないか、大きくなったな」
「うん!」
オゼがユリの頭を撫でると、ユリは子犬の様にオゼの足元でぴょんぴょんと跳ねていた。
「また、お話しに来てくれたの?」
「あぁ、そうだね。広場に友達を呼んできてくれるかい?」
「わかった!」
そう言うと、ユリは走って行った。
オゼはその後ろ姿を微笑ましく見ていると、背後から声が掛かった。
オゼが振り返るとそこに居たのは腰の曲がった老婆だった。
「オゼ様や、よくおいでなさった」
「これは、これは。長老どのもお変わりない様で何より」
男は恭しく頭を下げた。
「そなたこそお勤めは万事滞り無いか?」
長老は杖を付きながらゆっくりと歩き出した。
「どうにも西方が再び荒れる兆しがある」
オゼはため息を吐きながら答える。
「そうか、どこまでも私達は互いを虐げる種なのか……」
「あぁ、だがそうでない者もいる。この村の民たちのように。そしてその者達に道を示すのが私が生きている理由なのだ」
オゼは長老に微笑む。
「そうであったな。ところで此度はどれほど滞在する予定であろうか?」
「明後日にはたつつもりだが……何か困り事でもおありか?」
長老は顔を横にふる。
「いいや、ただ……」
「ただ?」オゼは問う。
長老は立ち止まり答える。
「間もなく私は死ぬ。そんな、予感がある」
「そうか」
「次に村に訪れる時、私は既にいないであろう」
「そうか」オゼは顎を引く。
「オゼ様や、私には死への不安は何ひとつありゃせんのだ。村には若き民が居て、こんな老いぼれすら朝日を夢見る事が出来る。そして、何よりそなたに私がこの世界に生きていたことを憶えていただける。私はこの生に実に満足しているのだ。だから、だからそんな顔をしないでくだされ」
長老はシワだらけの両手でオゼの手を包んだ。
「オゼ様。何年後か分からないが村に来たときは、ついでで良いから私の墓に会いに来ておくれ。でないとあの世に行ってからそなたが無事か不安になっておちおち冥府には旅立てんからな」そう言うと、長老は笑った。
「勿論だ。伝道師として、オゼの名を持つものとして約束しよう」
「ふふ、ありがとう。そら、話をしている間にユリが人を呼んできてくれたようだ」
オゼは顔を上げると、遠くでユリが大きく手を振っていた。
「それじゃあそろそろ年長者はお暇するかの」
長老は、頭を下げるとゆっくりと来た道を戻っていった。
オゼはその背中に彼女の遠き日の面影が重なって見えた。
オゼが村の中央、広場へと着くとそこにはユリを含めた五人の子どもたちが集まっていた。
子どもたちはその無垢な瞳を輝かせながらオゼを見ていた。
「ユリ、呼んできてくれてありがとう」
「うん!オゼ様今日は、なんのお話してくれるの?」
「そうだなぁ今日は、私の師の話をしようか」
「オゼ様のお師匠様のお話?」
子どもたちは興味津々に耳を傾けていた。
オゼは階段に腰を下ろすと語りだした。
「そうだ。今は昔あるところに――」