98話:羊の中の狼の瞳
放課後。私は図書館へと来ていた。
ついさっきまでシルビアとアンジュと一緒だったけど、今は少し席を外している。
今日もまた魔法漁りと、詠唱の省略化のヒント探しだ。
「あ、ミセリア」
いつもの窓際の席。初めて会話した時と同じよう、彼はたくさんの書物を一人で読んでいた。
私が声をかければ驚いたようにあたふたするけど、相手が私だとわかると、表情が明るくなった。なんだか可愛いな。
「トレーフル」
「相席いい?」
「うん。あ……ほ、他の人は?」
「みんな今は席を外してるの」
「そ、そうなんだ」
お茶会をしても、まだ彼は他の人にはしどろもどろだった。
それなりにちゃんと話せるのは、まだ私だけみたいだ。
今日もまた魔法の話をする。最近覚えた魔法、覚えた言語。
私が省略化の話をすれば、興味を持ってくれたみたいで、授業中にしていたものを一緒に考えてもくれた。
「ねぇトレーフル」
「ん?どうしたの?」
「……トレーフルの髪って、地毛?」
「え、うんそうだよ」
「そっか……」
なぜか残念そうにするミセリア。確かに緑って意外と見かけないけど、でもだからってなんでそんなことを聞いてきたんだろう。
「ミセリアは?」
「俺は……染めてるよ。元は濃い紫なんだ」
「へぇ……なんで染めてるの?」
「うちは、その……黒髪を特別視してるから」
その言葉を聞いて、手に力が入る。
黒髪信仰。聖女信仰。勇者信仰。
いろいろな呼ばれ方をされているが、彼の国は異世界から召喚された聖女と勇者を神聖視している。
髪色から、きっとアジア系の人間が召喚されているんだと思うけど。普通に考えれば日本人だよね。
その聖女と勇者への信仰がとても強いのが彼の国。そんな国だから、きっと彼は髪を黒く染めているのかもしれない。
「そっか……地毛、なんだ……じゃあ、ホーリーナイトさんは?彼女も地毛?」
「え?あぁうん。そのはずだけど」
今度はアンジュ?どうしてそんなことを尋ねるんだろう。
不思議に思いながら、ミセリアに「どうして」と尋ねようとしたけど、私は口を強く閉じた。
目の前にいるミセリは、ガリガリと爪を噛んでいた。そして、普段隠れている彼の赤い瞳が、業火のように燃え上がり、だけどどこか黒い澱みのようなものも見えたような気がする。
――― 羊の皮を被った狼
そんな言葉が頭をよぎった。
目の前にいる彼はまさにそれだった。
よくは聞き取れないけど、何かをぶつぶつ言っているようだった。
何を言ってるんだろうと思って体を近づけようとしたが、爪を噛みすぎて指から血が溢れてくるのが見えて、私は我に帰ってすぐにハンカチを取り出して彼の指を押さえた。
「ミセリア待って!血が出てる!」
「えっ?……あ……」
持っていた白いハンカチが、彼の血で赤く滲んでいく。
流石に絆創膏は持っていないから、手当をしてあげられない。
「ミセリア、そのままハンカチで指押さえて医務室行ってきて。ここは私が片付けておくから」
「あ、えっと……」
「酷くなったらいけないから。ほら」
「……うん」
さっきまでの表情が嘘のように、いつもの彼に戻った。
ミセリアはそのまま図書館を出ていき、私は一冊ずつ本を戻していく。
あの時のミセリアは普通じゃなかった。
確か、私とアンジュの髪について聞いた後からあぁなったよね。
「髪……」
黒髪か聞いてきた。
どうしてそんなことを聞いたかわからないけど、彼はどうしても確認しないといけなかったのかもしれない。
「ミセリア……」
何か裏があるかもしれないと思うけど、同時に何も裏が無ければいいのにと思ってしまう。
だって、ミセリアは大事な友達だから。彼とはこのままいい関係で、彼の留学期間の間一緒にいたいと、そう思っていた。




