96話:無詠唱1
翌日、少しぼんやりする頭で午前の授業を過ごした。
というのも、やっぱり昨日の放課後のことが頭に残ってた。
あんな感覚はずいぶん久しぶりで気持ちがポヤポヤしてします。
それは私だけではないみたいで、ハーヴェも同じだったみたいでルヴィーと顔を合わせた瞬間に昨日何があったか聞かれた。
なんでも、ハーヴェも顔がとんでもないことになっていたそうだ。詳しくは聞いてないけど。
そんな気分のせいで授業内容があまり頭に入ってこなかった。
その上お昼にいい感じにお腹が満たされて今すっごく眠い。
「寝るなよ」
「そうですよ」
「私の代わりにノートを……ダメだ」
「それでは授業を始めます」
お昼明けの最初の授業は「詠唱」つまり、担任であるナーヴィス先生の授業である。
魔法塔所属の優秀な魔導士ということで、授業はそれなりに人気だとか。
主な授業内容は、詠唱の省略化とそれによる魔法の影響である。
すでに私とルヴィーは幼い頃に直接教わっているし、シルビアも彼ほどではないにしろ優秀な魔導士に教わっているから、詠唱の基礎は叩き込まれている。
魔法発動に必要な詠唱。属性、効果、強弱によってその内容は様々。
威力が弱く、誰でも簡単に使えるものは詠唱が短い。
威力が強く、誰でも使えるわけではないものは、詠唱が長かったり、特定の言語でないと発動しなかったりする。
魔法塔の一部では何年、年十年、何百年とこの詠唱の省略に関する研究が行われている。
「まずは、どうして魔法を発動させるために詠唱が必要かを説明します」
魔法は使えて当たり前。それが今の世の中。
だから、そのルーツを辿ることなんてこうやって授業を受けるか、興味を持って調べるぐらいでしか知り得ない。
書物にもよるけど、元は神だけが許された力だとか、魔族のみが使えていたもの。などなどいろいろある。正しいルーツを知ってる人なんて、この世にはきっといないだろう。
「詠唱はいわば、数式のようなものです。式の中の数字を変えたり、計算方法を変えるだけで、違った結果が生まれます」
そう言いながら、先生は初歩的魔法の、一般的に知られる5節の詠唱を黒板に書き綴る。
懐かしい。私も初めの授業の例文あれだったな。
「それでは、この魔法を3節にしたらどうなるでしょう。わかる方はいますか」
わかるけど、私はあえて手を上げなかった。ルヴィーもシルビアも同じようで、じっと黒板を見つめるだけそんな中でクラスメイトの一人が手を挙げて答える。
「射程はそのままに、威力が落ちます」
「はい、正解です。では、射程も威力も5節と同じものにする場合、どういう改変をすればいいのでしょうか」
生徒がざわめく。いわゆる応用問題というやつだ。
魔法塔ではこのように、強力な魔法を短い詠唱で発動できないかの研究が行われている。
この研究が進めば、いつかたった一言で上位魔法を放つことができるだろう。
「わかりませんか?そうですね……では、お三方はいかがですか」
先生の視線が私たちに向けられる。
浮かべる笑みはまるで「わかりますよね」と言いたげだった。
どうする。と相談しようとルヴィーに視線を向けようとした時、彼は立ち上がって黒板へと向かう。
そして、先生からチョークを受け取り、出されたお題に答えた。
「はい、正解です。さすがですね」
「え、先生。でもそれって……」
ルヴィーが綴った3節は、元の内容がほとんどない。なのにそれが正解だなんて、とクラスメイトたちは戸惑う。まぁ普通そうなるよね。
「確かに元の原型はありません。ではみさなん、一つ質問です。」
先生は教卓の上に一本の蝋燭を取り出し、マッチを使って火を灯す。
先生は私たちに尋ねた。火を見てどう感じるかと。
生徒たちは各々に口にする。
温かい、便利、怖い、痛い。
同じ対象物でも、人によって感じ方が違う。それが魔法の基礎の一つ。
「確かに、魔法には詠唱が必要です。でも、発動に必要な詠唱は何も全て同じということはありません。さきほどの数式を例にしましょう。同じ答えでも、人によっては難しい数式を使い、でも短い式で答えを出す人もいれば、簡単な数式を使い、でも長い式で答えを出す人もいます」
人によって対象物に対するイメージが異なるように、魔法もまた使う人間によって導き出される過程は異なる。
同じ火の魔法でも、術者のイメージや魔力量によっては全く別の魔法になることもある。
「今みなさんか当たり前に使っている、術名を口にすることでの魔法発動。あれも立派な詠唱の一つであり、長年の研究の成果です。300年前までは、「灯り(ライト)」も5節以上の詠唱が必要だったんですよ」
えー。と生徒たちが声を上げる。
私も古い文献を読み漁ったけど、その中に今では省略されている魔法の元の詠唱がいくつか記されていた。
300年前は5節でも、100年前にすでに2節まで省略化されていた。というものも結構ある。




