84話:再会2
ナーヴィス・ルクレイドシュール。
幼少期、私が前世を思い出すきっかけとなった魔力暴走事件後から教わっていた、魔法の先生。元々はルヴィーの先生だったが、しばらくの間数日間ルヴィーとは別日に魔法を教えており、当時ルヴィーが私に劣等感を抱くきっかけの一人でもあった。
印象はあまり良くなかったけど、実力はお父様も陛下も認めている。というか、これでも魔塔所属で、その中でも序列4位という実力者だ。
そんな人が、なんでここで教師してるんだろう。
「ご無沙汰しております。トレーフル様、ルーヴィフィルド殿下」
一通りの話が終わった後、残りは自由時間となって生徒たちは教室を出て行った。私たちはもう少し人が少なくなってから出ようと思って待機していたのだが、待っていると勘違いしたのか、ナーヴィスがこちらにやってきてあいさつをしてきた。
「あぁそうだな」
「いつ以来でしょうか。お元気でしたか?」
「はい。お二人に魔法を教えたことをきっかけに、ここで教師をやらせていただいています」
え、たったそれだけで教師?
というか、ルヴィーはあまりこの人のこと好きじゃないんじゃないかな。
「そうか。まぁ頑張れよ」
ほら、言葉がそっけないし。含み的に「どうでもいいからさっさとあっちいけ」と言ってるふうに聞こえる。
「お二人は、先生とお知り合いなのですね」
「あぁ、小さい頃に私とルヴィーは教わってていて」
「……まぁ、お会いできて光栄です」
シルビアは満面の笑みを浮かべながら、ナーヴィスに目線を向ける。
だけど次の瞬間、表情とは裏腹にとんでもない言葉が飛んでいった。
「幼少期にトレーフル様と殿下を比較して、殿下の劣等感を煽った方にお会いできるなんて」
笑ってる。けど怒ってるように見える。
実はこの話、昔にちょろっとシルビアに話したことがあって。ただの愚痴程度だから気にもしていなかったけど、シルビアにとっては許し難いことだったようだ。
「でも心配ですね。この国で最も尊い血を持つお方にそのようなことをしていた方が担任だなんて、また誰か傷つかないといいのですけれど」
流石の私も、シルビアの毒舌というか、煽りというか、こんな黒い部分にハラハラドキドキしてします。隣のルヴィーにいたっては、いつもとの性格の違いに冷や汗が止まらないようだった。
「……それに関しては、私は何も否定できません。今更謝罪しても、なんの罪滅ぼしにならないことはわかっています」
彼には爵位がない。元々孤児だったが、魔法の才能を魔塔主にかわれて魔塔の所属となり、実力を伸ばして今の地位を手に入れた。
当時の彼は、自分より幼く、最高権力者の子であるルヴィーをよく思っていなかった。だからこそ、周りが彼を役不足だと言っていることに同調し、ルヴィーを見下した。
まぁそんなものは言い訳でしかないし、結果としては私とルヴィーが和解したことで比較に対してドヤ顔決めてたらしいけど。
「確かに私は貶めるような発言をしたことは事実です。授業に対してもあまり前向きではなく、もらってるお金分働けばと思っていたのが正直なところです」
「ぶっちゃけますね」
「あはは……でも、教える中で殿下やトレーフル様が教えたことを理解され、魔法を好きになっていく姿がとても眩しくて、嬉しかったんです」
ナーヴィスはまた深々と頭を下げる。
そして、当時の非礼を再び詫びた。
まぁ私は正直どうでもいいというか、そこまで気にしてない。私自身は何もされてないし、教えてくれたおかげで魔力のコントロールもできるようになった。
問題は、私ではなくルヴィーの方だ。
「顔を上げろ。今更当時のことをベラベラ言われても、同情して許すなんてことは口にしない」
「……はい」
「だから行動で示」
ルヴィーの言葉に、ナーヴィスは顔を上げる。
いつもの少し人を見下すような顔。だけど不思議と、威圧というかなんというか、ちょっと陛下の顔が重なるように感じた。
「謝罪はいらない。許されたければ行動で示。お前は教師だろう?俺たちは生徒、なんの因果かまたお前に教わることになる」
「はい、光栄なことです」
「お前は実力のある魔導士だ。それは俺も父上も認めている。お前が示す行動は、あの時のように魔法の楽しさ、可能性を俺たちに教えろ」
「殿下……」
「俺は、ここを卒業した後は後継者としてやらねばならないことがある。忙しい毎日になることだろう。でもふとした時にここでの暮らしを思い出し、その時に、お前に魔法を学んでよかったとそう思えるように行動しろ」
「……はい。全力で務めさせていただきます」
なんだかんだ、ルヴィーも過去のことはあまり気にしていないみたいだった。
ただ、あまりにもナーヴィスが私たちに対して申し訳なさそうにしていたから、「気にするな」なんてことも言えなかったのだろう。
「これからよろしくお願いします。ナーヴィス先生」
「はい。あぁでも、みなさんにそう言われるとなんだか緊張しますね」
「特別扱いもできないだろ」
「そうですね。頑張って慣れます」
「それでは、私たちはそろそろいきましょうか」
「そうだな。それでは、俺たちはこれで」
「先生、さようなら」
「はい。明日からお願いします」
ナーヴィスはまた一礼をした。
これじゃあ先生と生徒って関係には見えないし、下手したらルヴィーに対して悪い印象を持たれてしまう。早急に対処しなければ。
「にしても、シルビアがあんなに怒るなんてね」
「そりゃあそうですよ。お二人の関係を悪くされた方の一人です」
「でも、それのおかげで今仲良しだよ。ねー、ルヴィー」
「……うるさい黙れ」
「あ、照れてる」
「照れてますね」
「おまえらなー!」
「あ、トレーフル様!」
きゃーっと騒いでいると、向かい側からアンジュとキリクがやってきた。
そばには、見知らぬ男子生徒。同じ魔法科の生徒のようだ。
「アンジュ様、そちらの方は?」
「あ、はい。同じクラスで、席が近かったので仲良くなったんです」
やや猫背で、制服の上からマントを羽織った、目元が隠れるぐらいの前髪の長い子。
胸には、分厚い本を二冊ほど抱えている。
「彼は、ミセリア・フィデース。留学生さんです」
やっぱり、気をつけようと思っても事件というのはあちらから歩いてくるようだった。




