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79話:天狼(スカイウルフ)2

「久しぶりね、フォル」


空から私達を見下ろす狼に、ウェールス様がご近所さんに挨拶するノリで声をかけていた。

じっと私たちを見下ろしていた狼は、まるで崖を、階段を降りるように空間を駈けて、地面へと降り立った。

天を飛ぶ……いや、駈ける狼。昔、へーリオス様が目にされたという神獣。


「紹介するわね、トレーフルちゃん。彼は私たちと同じ神獣で、天狼スカイウルフのフォルティトゥドー。私たちは、フォルって呼んでるわ」


フォルティトゥドー様はじっと私たちの方を見る。というか、シルビアの方をじっと見ている。

不思議と、二人は似ているように感じた。

風にゆらめく、青みがかった銀髪とわずかに空の色が映った銀の毛並み。


「……貴方が、私に会いたがっていた神獣様ですか?」

「……」

「初めまして。シルビア・ガーデンハルクと申します」

「……」

「あ、えっと……」


喋らないなこの神獣。シルビアが挨拶してるのにダンマリとか舐めてんのか?

っと、いかんいかん。思わず神獣様に悪態をついてしまった。

いやでも、ただシルビア見つめるだけで喋らないのは良くないと思うんだけど……これじゃ、話してるシルビアが可哀想よ。


「ほらフォル。恥ずかしがらずにちゃんとあいさつしなさいよ」

「……え、恥ずかしがってるんですか?」


ほぼ無表情。というか睨んでるようにも見える顔。これが、恥ずかしがっている?マジか……さすがに読み取るのが難しい。


「ごめんなさいね。彼照れ屋で。誰よりも人間が好きでね、みんなのところに行っては、遠くから眺めてるのよ」


なるほど。その様子をたまたまへーリオス様が見かけたわけか。

にしても、天狼……フォルティトゥドー様とシルビア様の関係とは一体……


「はぁ、仕方ないわね。私から説明するわね。フォルとシルビアちゃんの関係」


それは、私がシルビアと出会う前のことだそうだ。

とはいえ、私と出会った頃も結構幼かったが、それよりも幼い頃だったそうだ。

当時、フォルティトゥドー様は私たちの世界に来て、昼寝をしていたそうだ。

その時、やっと歩くことに慣れ始めたシルビアが、精霊たちと一緒に彼のもとへとやってきたそうだ。


「おにゃか、へったお?」


しゃべるのもまだ拙かった当時のシルビアは、彼がお腹を空かせて動けなくなっているかと思ったようだ。実際、お腹は空いていたそうだ。

動けなくはないが、お腹が空いていたのは事実だったらしく、フォルティトゥドー様は頷かれた。


「少し待っててね!」


小さな歩幅でその場を離れたシルビア。

しばらくすると、ハンカチに包んで数枚のクッキーを持ってこられたそうだ。


「これ、おやちゅ。おおきなわんわんさんにあげる」


当時、当然神獣の存在も知らず、それ以前に狼の存在すら知らない幼子だ。

フォルティトゥドー様は怒ることも否定することもなく、そのクッキーを口に運んだ。

当然それだけで足りるはずもなかったが、満足そうに笑う彼女の姿に一言「ありがとう」と口にされたそうだ。

話を聞いて、シルビアは困った顔をしていた。なんでも、その時の記憶がないらしい。


「当時は幼いし、神獣と会ったなんて知られたらたいへんなことになるでしょ?幸い、フォルが会ったのは当時幼いシルビアちゃんだけだったから、彼女の記憶だけを消したの」

「そういえば昔、屋敷の敷地内にある森で寝ているところを保護されたことがあったらしく。もしかしてそのときでしょうか?」

「そうだろうね。ということは、二人の縁はそのクッキーということか」

「ふふ。その日から、いつもシルビアちゃんのこと気にかけていたのよ」


フォルティトゥドー様は特に言葉を口にされなかったが、地に伏せ、まるで頭を下げるように見えた。


「そう、だったのですね。私は昔、神獣様……フォルティトゥドー様にお会いしていたのですね」


嬉しそうに微笑むシルビア。しかし同時に、フォルティトゥドー様の尻尾が激しく揺れる。

これは……もしかして喜んでる?


「シルビアちゃんに名前を呼ばれて喜んでるのよ」

「そう、なのですか……喜んでいただけて嬉しいです」


笑みを浮かべるシルビア。だけどなんだかソワソワしている。わずかに伸びた手が、少し伸びては戻りを繰り返す。

あれはもしや……


「シルビア様、もしやフォルティトゥドー様の頭を撫でたいのですか」

「い、いえ!決してそのようなことは!」

「わかります!ふさふさの毛!私もそのまま蹲りたいですよね!」


興奮気味のアンジュ。そういえば、最近両親から大きな白い犬を飼ってもらったとか。なんでも前世からの夢だったとか。


「し、神獣様にそのようなこと……」


あたふたするシルビアと目を輝かせるアンジュ。

なんだこれ……完全にアンシルじゃないか!!ルヴィーじゃないけどこれはやばい!!アンジュ!もっと攻めてくれ!

そんなふうに私たちがあっちゃこっちゃしていると、二人の様子を見ていたフォルティトゥドー様が顔を近づけ、二人を毛並みの中に埋もれさせた。


「ふ、ふぉおおおおおおお!」

「あ……フォ、フォルティトゥドー様!?」


大興奮のアンジュと混乱するシルビア。そして、なんとも満足そうな顔をしているフォルティトゥドー様。

なんかすごいことになってる。


「ふふっ。フォル、せっかくシルビアちゃんもこっちにきているのだから、友達になったら?」


3人の様子は、当然アモル様とウェールス様も見ており、嬉しそうな表情をしているフォルティトゥドー様にウェールス様がそう提案された。


「友達ということは、契約ですか?私やアモル様のように」

「えぇ。フォルはずっとシルビアちゃんのこと気に入ってというか気になってるみたいだったか。友達になれば、いつでもお話しできたり会いに来ることだってできるでしょ?」

「わ、私がですか!?で、でも私なんかが……」

「んー……あ!ふふっ、シルビア。私はとてもいいと思うよ」

「し、しかし……」

「シルビア様。確か、ガーデンベルク家の家紋って狼でしたよね」

「え?えぇ。ご先祖様は武勲で爵位をいただいており、その勇ましさから当時の国王陛下より狼の家紋をいただいたそうで」

「であれば、とても縁のあることだと思います。家紋である狼。神獣である天狼と友達になるのは」


にっこりと笑みを浮かべるアンジュ。私も全く同じことを思っていたから、さっきいいと思うといった。

シルビアはまだとまどいがあるようだったけど、フォルティトゥドー様はまるでどこかすがるように、シルビアに優しく顔を寄せる。


「……フォルティトゥドー様。私と友達になってくださりますか?」

「……うん」


初めて聞いたフォルティトゥドー様の声は、不思議と幼い子供のような子だったような気がした。

そのまま二人は、契約を結び、シルビアの額に友の証が刻まれた。


「あまりこういうことを言ってはいけないと思うのですが、私も神獣様とお友達になりたいです」

「あら、私はアンジュちゃんのことお友達と思ってるわよ」

「光栄です!でも、その……」


契約……友の証のことを言っているとすぐにわかった。

前に、一度だけアモル様に尋ねたことがあった。

アモル様の加護を弟に二重がけすることはできるかと。

それに対してアモル様は、加護の重ねがけは友の証関係なく危険なもの、つまり体が爆発するということだった。

それに、たとえアルがウェールス様に加護を与えていなかったとしても、アモル様がアルに加護を与えることはできないそうだ。

人間への加護の与えすぎは堕落を与える。そのため、神獣の間で加護を与えるのは1人までと決めているそうだ。

それは、契約をしておらずに加護を与えていたとしてもだそうで、アルに加護を与えているウェールス様とラルに加護を与えているロワヨテ様は、二人の寿命、死を迎えるまで他の人間と契約を結ぶことはできないそうだ。


「加護は絶対にいいものというものではないの。それに、貴方には神に直接与えてもらった特別なものがあるっでしょ。羨ましく思うことなんてないわ」


隣の芝生は青く見える。アンジュの心情はそんなところだろう。

私とシルビアは、しょんぼりする彼女を優しく包み込み、良々と頭を撫でてあげた。


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