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78話:天狼(スカイウルフ)1

ひどく長く感じた。

前世の記憶を思い出して、自分が今、前世で書き上げることができなかった自身の小説の中にいるとわかって、全員のハッピーエンドのために色々と動いた。

これで本編も大丈夫と思ったけど、アンジュ……私と同じ時間軸の前世の記憶を持った彼女から、自分の死後、未完成のはずの小説が出版されていたことを知った。物語は散々なもので、今までの行動が本当にハッピーエンドに繋がるかわからない。

時間を巻き戻すことも、前世にどうにか戻ることなんてことはできない。

でも、ここは本の中とはいえ現実なのだ。将来死ぬかもしれないとわかっていても、それが物語通りとは限らない。

その死が、絶対に絶望的な、未練が残るものではなく、幸福なものであると思えばいい。

前世では結婚できなかった。でも今世では、結婚して子供ができて孫ができて、家族に囲まれて幸せな中で死ぬことだってあるかもしれない。

私は、みんなの幸せを願っている。それはルヴィーやシルビア、ハーヴェやアンジュだけじゃない。

トレーフル。私自身もだ。


「どうかしたか?」


過去のこと、未来のことを考えている間、私はボーッとしていたのか。アモル様が首をぬっと私の目の前までもってこられた。


「すみません、学園への入学が近いので少し考えてしまいました」


私は今、アモル様たち神獣様が住まわれている方に足を運んでいた。

最近ご無沙汰だったということもあるのと、学園に入学したら今以上に来られない可能性があるためだ。

それと、私以外の二人を改めて紹介したいということもあった。


「ドラゴンにケルピー……幻獣を生で見れる日が来るだなんて!」

「ふふっ、愛らしいですね。アモル様のお子様、眠ってしまわれました」


アンジュにシルビア。私の身近で、この世界で眠ることのない人物。

アンジュは私と同じ転生者だからだけど、シルビアは生まれながら精霊が見えていたため特別な存在らしく、ここで眠ることはないそうだ。

現に昔、誘拐されて大怪我をした時、シルビアは私と一緒にこちら側に来て、アモル様からのお言葉を元の世界にいるお父様や陛下にお伝えしてくれたそうだ。

アンジュは元の世界では幻獣、架空の存在であったアモル様とウェールス様に目を輝かせており、シルビアはアモル様の子供である小さなホワイトドラゴン達に懐かれたようで、子守をしている。


「学園ねぇ。あんなに小さかったトレーフルちゃんがすっかり素敵なレディーになっちゃって」

「人間の成長は早いものだな」

「お二人からしたらそうですね」


のんびりとした時間。私たちの世界とこちらとでは時間の流れが違うというか、仕組みが違うため、神獣たちの気分で時間帯や気候を変えることができる。

変えると言っても、この世界全体をというわけではない。

そんなことしたらコロコロ変わって神獣様たちでもめてしまう。

なので、この世界にも神獣様達のテリトリーがあり、その範囲内は主である神獣様が好きに変えることができる。

テリトリーに入った他の神獣は主が許可しない限り時間帯や天候を変えることはできないそうだ。


「そういえば……アモル様。以前、私に会いたい神獣様がいらっしゃるとお話しされていたかと思いますが……」

「え、シルビアに?」

「はい。トレーフル様が怪我をされ、こちらで治療される際にそのことをお父様や陛下にお伝えするように頼まれたのです。その時に」


それから随分年数がたっているけど初耳だった。

アモル様の方を見れば、顔を背けている。あ、これ忘れていたな。


「アモル、伝えていなかったのね」

「……別に、忘れていたわけではない」


神獣とは言われてるけど、こういうところはなんだか親近感を持ってしまうのは少し悪いことかもしれないけど、最初の印象からのギャップがすごくて可愛いとさえ思ってしまう。


「今日は自分のテリトリーにいるか、主たちのところに行っているかだろう」

「その神獣様というのは、どなたのことでしょうか」

「それは……」

「あら、噂をすればなんとやら」


ふわりと風が巻き上がる。

地面に落ちていた木の葉が空へと舞い上がり、それを追うようにふき抜けた空に目を向ければ、そこには一匹の大きな狼の姿があった。


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