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75話:入学準備1

穏やかな昼下がり。

暖かな日差しとたくさんの花に囲まれ、心が落ち着く平和なお茶会。

前世でもこんなに優雅な時間を過ごしたことなんてない。

日々激務。楽しいはずなのに息苦しくて、自分の部屋なのに閉鎖的で落ち着かない。

そんな暮らしがまるで夢のように、開放的な庭園でお茶を飲みながら愛しの我が子(登場人物)を見つめることができるなんて、なんて素敵なんだか。


「トレーフル様、いかがでしょうか」

「うん、すごくいいよ。やっぱりシルビアに頼んでよかった」

「そんなことはありません。トレーフル様に頼っていただけるなんて、とっても嬉しいです」


今日は、シルビアがルヴィーのプレゼントのデザイン決めをするということだったのでお邪魔している。

私がもらったイヤリングやキリク、アンジュにあげたプレゼントなどもそうだけど、この子にはそういう装飾品のデザイン力がある。

学園を卒業した後は王妃となるための準備が忙しくなるだろうけど、落ち着いたらこういうので事業を始めてもいいのではないかと思った。


「形自体はシンプルだけど、彫られている柄がいいね」

「はい。花にしたのは、葉や花びらの部分を宝石にしたら綺麗かと思いまして。もちろん。シンプルということなので、花自体の数は少なくする予定です」

「うん、ありがとう。騎士科は実戦メインだから、身につけるものの制限が厳しんだよね。それに比べて魔法科は色々幅広いから、シルビアも考えるのが楽しいでしょ」


テーブルには、お菓子やお茶意外に、たくさんのデザインが書かれた紙がある。

私がお願いしたバングルの別デザインではなく、シルビアがルヴィーに贈る品のデザインだ。

どれも素敵だけど、シルビアはあれもダメこれもダメととても悩んでいるようだ。


「楽しいのですが、早く決めないと入学式までに間に合わないので」

「どれも喜びそうだけど、常に身につけるものなら、ペンダントに指輪、ピアスにイヤリング。バングルにブローチかな」

「そう、ですね……」

「んー……でも実践の授業がないわけじゃないし、そう考えるとブローチは無しかな。魔法の媒体でさっき言った装飾品はよく使われるけど、外れる心配がないとなると……」

「指輪かバングルですね」

「その二択なら、私はバングルかな。指輪は結婚式とかで別で用意されたものが贈られるだろうし、何よりルヴィーが贈りたいだろうから」


まだ先の話ではあるけど、不思議とデザインに悩むルヴィーの姿が浮かぶ。

そして、私やハーヴェに少し弱々しい姿で相談している姿も浮かぶ。


「そうですね。では、そうします」

「デザイン、あんまりハーヴェと似ない方がいいかも。シルビアならともかく、ハーヴェとってなると嫌がりそう」

「大丈夫です。私が贈りたいものをつくります」


何も書かれていない紙を、どこか嬉しそうな表情で見つめるシルビア。

きっと、彼女にはそこに贈りたいものの姿が見えているのかもしれない。


「トレーフル様!」


不意に、そんな声が聞こえて振り返ると、こちらに向かって走ってくる小さな体見えた。

後ろにいるメイドと執事も必死になりながらこちらに走ってくる。

私のところまで来ると、彼は私の膝に擦り寄り、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ご機嫌よう、ノアリシア様」


ノアリシア・ガーデンベルク。前世を思い出した頃は生まれたばかりだったというのに、すっかり二足歩行であんなにも全速力で走れるまでに大きく成長していた。


「ノア。あんなに急いで走ると転んでしまうわよ。トレーフル様がいらっしゃって嬉しいのはわかるけど、貴族らしい振る舞いをしなさい」

「あ、ごめんなさいビア姉様。思わず……。ご機嫌よう、グリーンライト侯爵令嬢」

「ご機嫌よう。ふふ、呼び方はいつも通り名前で大丈夫ですよ」


まだ二桁になるには数年あるというのに、ずいぶん貴族としての振る舞いが上手になっている。これも、優秀な姉の教育の多和ものだろうか。

幼い顔。愛らしい、大きな丸い目。浮かべる笑顔は天使のような愛らしさ。

ハーヴェとの既視感を感じる。あぁならないでほしいと願うばかりだ。


「ビア姉様から聞きました。ハーヴェンク様へのプレゼントを贈ると」

「えぇ。そのデザインをシルビアにお願いしたの」

「そうなんですね。ビア姉様はとても素敵なデザインをされるんです。僕のこのループタイの装飾も、姉様が考えてくださったんです」


彼の幼い体。胸の辺りに輝く留め具は、青い薔薇のデザインだった。

ノアはとても嬉しそうにそれを見つめ、途中で顔を上げてシルビアに笑みを浮かべる。

あぁ、歳の差姉弟最高。もっと仲良くなってくれ。


「とても素敵ね」

「はい。そのお礼に、僕も姉様に魔法砂を送ったんです」

「そういえば、ノアリシア様は魔法砂に興味があるのでしたよね」

「はい。将来は隣国の学校に留学して、現地の魔法砂の勉強をしたいと思っております」


魔法砂は、南の国で流行っている商品。南部にある、特別な海岸で取れる砂に魔法を加えることで、魔法が使えない人にも魔法が使うことができる代物だ。

この国にはあまり入ってこないため、ここでは高値で売られており、そのせいで買えるのは貴族や王族のみだった。


「確か、陛下が今南部と友好を結ぶ準備をしているそうです」

「うまくいけば、この国でも安値で魔法砂が買えるかもしれないわね」


政治的部分はまだまだ勉強中。ここが身につけば、将来的にルヴィーの力になれるかもしれない。

帰ったら少し南部について調べてみようかな。


「あの、トレーフル様」

「ん?どうされましたか、ノアリシア様」

「もしよろしければ、また歌を歌っていただけませんか?」

「歌、ですか?」

「はい。僕、トレーフル様の歌が好きなんです」

「あ、私も聞きたいです。トレーフル様の歌」

「えぇ、恥ずかしいな……」


なんと実は、私には歌の才能があったようでした。

それが私の才能なのかこの体の持ち主のトレーフルのものなのかわからないけど、前に一度歌を披露してからたくさんの方が私の歌を好きになってくれた。

うれしいことだけど、私は歌手でもなんでもないから、人前で歌うのは正直恥ずかしい。


「少しだけだよ。少しだけ」


私は浅い深呼吸をし、たくさんの自然が混ざりあった空気を吸い込み、歌を歌った。


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