7話:従兄妹2
「それで、お話というのはなんでしょうか?」
アニーがその場を後にして、ずっと無言状態だった。
隣に座っていたルヴィーはずっと空を眺めてるだけで、話をすると言っておきながら、切り出す様子がなかった。
だから、私から話を振ったけど彼は変わらず空を眺める。また沈黙が続いたが、彼がわずかに息を吸い込むそぶりが見えた。
「お前は王になりたいのか?」
突然言われた言葉は、あまりにも予想外だった。
私が王?つまり、王位継承権が欲しいのかってことだろうか?
私は、王族の血が流れているとはいえ、王位継承権を持っていない。欲しいかと聞かれれば、真っ先にいらないと答える。ぶっちゃけめんどくさいし。
「王になる気はありません。大体、私には王位継承権はありませんから」
「それを獲得するために準備をしているのではないのか?」
「え、準備?なんの話ですか?」
彼が、私に何を求めているのかわからない。私が王位継承権を得るための準備?そんなものをしている覚えは全くない。
「っ!だったらなぜ剣の稽古をしているんだ!お前にはもう、魔法の才能があるだろ!それだけじゃ満足できないのか!!」
「で、殿下落ち着いてください!」
「お前は傲慢だ。俺が、周りになんて言われてるかわかるか!王の子なのに、身分の下がった王弟の娘の方が才能があって、彼女こそが次期王にふさわしいと言われる、俺の気持ちが!!」
予想していたことが当たってしまった。やっぱり、王城ではそんなことを言われているのか。
私が魔法を磨くことで、彼の魔法と比較されるのはわかっていた。彼自身も、魔力量については生まれた時から決まっているため、それで勝てないならと剣術を磨いていた。でも今、私は剣を握っている。彼からしたら、それすらも奪われるのではないかと焦っているんだ。
「……殿下、私は王位継承権など欲しくありません」
「嘘をつくな!」
「しかし、力は欲しいのです」
「……ほら、やっぱりそうじゃないか」
「いいえ。私が言っている「力」は権力ではなく、守る力です」
私は、父に話したことと同じことを殿下に話した。
権力なんてものはなんの役にもたたない。別になくていいとは思ってないけど、守る力がなければ、それは意味をなさない。
「殿下。私が何かをすることで殿下の立場を悪くしてしまうのであれば、私は何もしません。おそらく、殿下と王位争いをするのであれば私だと思うので」
弟のアルはこの家を継ぐことが決まっている。嫁ぎ先が今の時点で決まっていない私が唯一、彼にとって王位を脅かす対象となっている。
でも、そんな不安をするだけ無駄。私は王の席に興味ないし、むしろその椅子を引いて彼に座らせる役だ。
「殿下、不安に思うのであれば一つ私から提案いたします」
「提案、だと?」
「はい。主従契約です」
私は笑みを浮かべてそう口にしたけど、それに反して彼は随分怯えた表情をした。
主従契約は、言い換えれば「奴隷契約」。子供の私たちからしたら怖いものに感じるが、実際、忠誠の証としてメイドや使用人、騎士につけたりもする。
ただ、正式な契約の場合は成人を迎え、決められた場所でないと行えない。成人前、決められた場所以外での契約は違法であるため、まさにそれが奴隷契約の証である。
「主従契約は、主人に危害を加えれば術が発動して痛みを与えます。もし私が殿下に危害を与える、つまり王位を奪えば「もういい!!」……」
私の言葉を遮るように怒鳴ると同時に、彼は私の胸倉を掴みながらその場に押し倒した。
私の顔に水が落ちる。目の前には、泣きじゃくる彼がいた。プライドの高い、俺様系のキャラのはずなのに、年相応の可愛らしい泣き顔だった。
「もういい……わかった、お前が王位継承権を得ようとしていないのはわかった」
「……すみません、泣かせるつもりはありませんでした。ただ私は、殿下にわかって欲しかったんです。私は、貴方の味方だと」
兄とはいえ、同い年だ。でも中身は大人の女性だから目の前の相手はやっぱり子供にしか思えなかった。
私は彼の頭を優しく撫でた。すると、彼は「撫でるな……無礼だぞ……」と言った。でも、それを拒もうとはしなかった。
「私と貴方を比べる大人の言葉なんて気にしないでください。むしろ貴方は私が褒められる度に自慢げな顔をしてください」
「グス……なぜだ……俺は次期王だぞ」
「私はそんな次期王に、主従契約を求めるほど忠誠を誓っているんですよ?」
ニッコリと笑みを浮かべれば、最初はきょとんとした顔をするが、すぐに大笑いをして体を起こし、私が倒れている反対側に倒れこんで空を見上げた。
「そうだな。自分の駒が強くなって嬉しくないわけがないか。……うん、そうだな」
「……確かに私の方が殿下より優秀です」
「なんだ、また喧嘩を売っているのか?」
「違いますよ。確かに優秀ですが、仕える主人が無能では私は離れて行きますよ。私は、大切な人を守るために力を身につけたいので」
「……そうか……なら、優秀な従妹に負けないように、俺は優秀な王にならないといけないな」
高い高い青空、その中を二匹の鳥が一緒に並んで飛んでいた。
私が書いた本編では、決して埋まることのできなかった大きな溝。これで、それが埋まればいいな。
「それで殿下」
「もういい」
体を起こし、どこか拗ねた様子の彼は、急に私の頬をつねってきた。
「律儀に殿下と呼ぶな。あと敬語もだ。俺とお前は身分は違えど同じ血が流れているのだ。ルヴィーで構わない。その……レーフ」
「……うん、ルヴィー」