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60話:名前も知らない初恋 1

翌日も、随分と天気が良かった。

暖かな日差しに、気持ちのいい風。耳心地のいい鳥の囀り。

私もアンジュも昨夜はぐっすり眠ることができ、朝の目覚めがよかった。

自分の身支度を終えた後、アンジュの身支度を整える。

私の外出用の服を着せようと思ったけどサイズが少し大きかったため、数年前の服をあげた。

髪も綺麗に整えてあげれば、知らない人がみれば貴族のお嬢様と思うほどに綺麗なアンジュの姿があった。

さすがヒロイン、かわいいな。


「あの、トレーフル様。その、服を貸してくださりありがとうございます」

「貸したんじゃなくて、あげたのよ。それに気にしなくていいの」


普通に教会に行くだけなら、こんなにおめかししなくていいけど、午前中に訪ねてくるお客さんにはアンジュにも会ってもらわないといけないしね。


「トレーフル様。到着されました」


扉がノックされ、使用人の一人が来客を伝えてくれた。

返事を返し、私たちは相手が待つ部屋へと足を運ぶ。

緊張しているアンジュ。それがなんだか愛らしくて、私は思わず笑みがこぼれてしまった。


「ごめんなさい、待たせてしまって」

「いえ、大丈夫です」


扉を開き、来客に声をかければ彼は軽く会釈する。

私の横、アンジュがわずかに声を漏らし、視線を向ければ、彼女はじっと前を向いている。というよりも、来客者を見ていた。


「突然連絡してしまってごめんね、キリク」


昨日、屋敷に戻ってすぐに、アニーにキリクに連絡するように頼んだ。

手紙ではなく、伝言という形ではあったけど。

彼には、明日の朝我が家にくるように伝えた。これだけなら「なぜ?」と思うかもしれないけど、付け加えてアンジュの存在も匂わせた。というのもこの二人……


「いえ。……初めまして……ではないですよね。私のことを、覚えているでしょうか」

「……どう、して……」


この二人は幼い頃に出会っていた。

前に、キリクが話していた相手がアンジュで、アンジュが昨夜話した相手がキリクだったのだ。

しかも、話を聞く限り所謂両片思い状態という、なんともややこしい状態。ここは私が一肌脱がなければと思った。余計なお世話かもしれないけど。


「1時間後に教会へと向かうから。私はそれまで訓練所の方に顔を出しているので、何かあれば外にいる兵に声をかけてね」

「あ、あのトレーフル様?」

「キリクも一緒に教会にくる?」

「……ご迷惑じゃなければ」

「もちろん。それじゃあ、あとは二人でゆっくりお話ししてね」


にっこりと笑みを浮かべ、私は先に部屋を出た。

余計なお世話だったかもしれない。でも、二人共もう会えないと思ってたんだもの。それを聞いて、私が黙ってるわけないでしょ。


「ふふっ」

「楽しそうですね」

「えぇ。あの場が、余計なお世話と思われず、幸せなひと時になったら私は嬉しいな」


二人が楽しく、笑いあっている姿を想像しながら、私は朝練が行われている兵の訓練場へと向かった。


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