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57話:同郷者2

十数分経ってようやく彼女は気持ちが落ち着いたようだった。

なんでも、私の大ファンらしく、私の作品は初版で全て購入してくれてたようで、しかもサイン会とかにも来てくれていたようだった。


「でも、そうですか……じゃああの作品は先生が書いたものじゃないんですね」

「そうね。少なくとも、私が死んだ段階では完成していない。だから世の中に私の作品が出るはずがないの」


というか売り出し方が汚すぎる。何が生前最後の作品よ。未完成の作品を勝手に完成させて売り出すなんて……私の作品をなんだと思ってるの。


「でも、良かったです。やっぱり先生の作品じゃなかったんですね」

「やっぱりって?」

「ネットで呟かれてたんです。先生の古参やガチファンの人が。先生の作品にしては酷すぎる。人間味がない。本当に本の中の話って感じがするとか」


その言葉に嬉しさを感じた。わかる人には私の作品かどうかというのはわかってくれるらしい。

一時期は、そのネット口論が長く続いたらしい。

結果がどうなったのかは彼女も分からないそうだ。というのも、結果がわかる前に彼女はその命を終えたらしい。


「良かったら、本の内容を覚えてる限りでいいから教えてくれない」

「はい、わかりました」


彼女が話してくれた、誰かの手によって完成させられた私の作品はひどいものだった。

特に悪役ポジションであるシルビアとトレーフル。

殺しは当たり前。嫉妬と妬みが酷く高飛車。

トレーフルは王位を奪おうとしてるし、シルビアは黒魔術に手を出してヒロインを呪い殺そうとしていた。

過去に何かあったのかと思えばそんなこともなく、とにかく救いようのない悪役だった。そりゃあこんな女と結婚したいとか、助けたいとか思わないよ。

悪役がそんなんだから、ヒロインと主人公の恋愛は当然のものとなった。

しかも、メインの男性全員がヒロインに想いを寄せるって、乙女ゲームにでもしようとしたの?

とにかく、頭を抱えるような内容だった。

話の内容も、とにかく悪役を悪くして、ヒロインと主人公をハッピーエンドにしようとしてるのが良くわかる。


「酷いわね」

「当時は、思考を変えたのかなと思ってたんですが、ほかの人が書いたと考えると確かにって思いますね」


話を聞く限り、キャラが酷くなってるだけで何か新しい要素が追加されたとかはなかった。

それこそ、神獣や幼い頃に誘拐された、あの天使信仰の宗教など。

出だしの部分も殆ど同じ。彼女、アンジュが白魔法が発現して教会に行き、子供のいない伯爵家に養子に入って学園に入学する。


「貴女は、お話通りの展開を望んでる?」

「まさか!先生が実際どう書かれようとしていたかはわかりませんが、出版されてる内容を知ってる私からしたら、行きたくないの一択です!」

「まぁそうよね。でも、一つ聞かせて」


手にしたカップを置き、私はにっこりと笑みを浮かべる。

彼女が抱いているものは当たり前だ。聞いた話の内容通りになれば、彼女は命を狙われることになる。そんな危険な場所に自ら足を運ぶなんてことはしないだろう。

だけど、それは私が望まないシナリオ。


「今目の前にいる私は、貴女の知るトレーフルと同じ?」


私は、自分が生んだキャラクターたちの幸せを望んだ。確かにシルビアとトレーフルは悪役ポジションではあるけど、彼女たちは幸せになってはいけないような人間じゃない。

私は、みんなが笑って幸せを抱くエンディングを迎えたいだけ。


「作者として、私はキャラクターたちには幸せになって欲しいの。トレーフルもシルビアも、元々はそう描こうとしていたけど、できなかった。だから生まれ変わった今、私はキャラたちの幸せを誰よりも願ってるの」


もちろんこれは私のエゴ、彼女がそれを望まないなら私は全力でそれを手助けする。

転生者とはいえ、彼女も私のキャラクターの一人であるのに代わりはないから。


「……あの、先生……トレーフル様は5歳頃に前世を思い出したと言われましたよね」

「えぇ」

「私はここ1、2年です。現状、物語がどう変わってるのかわからないです。差し支えがなければお話を聞かせてもらってもいいでしょうか」

「それは構わないわ。でも、すぐには少し難しいかもしれない」


不意に扉がノックされた。

私も、アンジュも顔をあげて扉の方に視線を向ける。

返事を返せばゆっくりと扉が開き、そこから数名の神官が姿を現した。


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