56話:同郷者1
ここはまさか、アンジュが白魔法を初めて使った……彼女が、教会へと連れて行かれるきっかけになったシーン。
本編には、白魔法を使ったアンジュの噂を聞いた教会の人間が彼女を連れて行き、そこで神の加護を受けていることが発覚。そして、伯爵家の養女となった彼女は学園に入学することになる。
私が今目撃しているのは、まさにきっかけのきっかけのシーン。まさかその場面に遭遇することになるなんて……。
確かこの後、騒ぎを聞きつけた警備兵が来る筈……どうしよう……このまま物語通り進めば、彼女は学園に来る。彼女がこなければ、本編通りにはならない……
「そんな……これじゃ、本の通り……」
わずかに聞こえたその言葉に顔を上げた。
顔を青ざめる彼女。恐らくさっきまでは彼も同じように青ざめていただろうけど、今はそんな様子はない。なのに彼女はどうしてそんなにも青ざめているのか。
「このままじゃ、私……学園に……」
まさかと思い、私は人混みを掛け分けて、彼女のそばに駆け寄る。
青ざめる彼女はゆっくりと私の方みた。あぁ、私がイメージしていた子だ。
この子がいなければ、と思うけど……この子も私が産んだ子だ。本ではあんなことになったけど、私は決めたんだ。みんなを幸せになるって。
「平気?顔色が悪いみたいだけど」
「え……あ、はい……平気です」
「先ほど街の人が警備兵を呼ばれました。すぐに駆けつけるでしょう」
そう言えば、彼女はゴクリと唾を飲み込み、またさらに顔を青くした。
一か八か、聞いてみるか。
私はそっと彼女の耳元に口を寄せ、周りの人には聞こえない音量で彼女に尋ねる。
「貴女、日本人?」
「ぇ……」
「警備兵です!道を開けてください!!」
タイミングよく、警備兵がやってきて、そのまま倒れた男性は連れていかれた。
私たちも事情を聞かれて話をした。
本編であれば、事が済んでしばらくしたら教皇が彼女の元に尋ねて来て、彼女を連れて行く。その前に話を聞かなければ。
「さて……それじゃあ、教皇がくる前に少しお話をしましょうか、同郷さん」
私が笑みを浮かべれば、アンジュは青い顔をしたまま小さく頷いた。
ゆっくり話すために、私たちは予定していたマクドナ男爵のカフェに足を運んだ。
二人で話がしたいからと、三人には別の部屋でお茶をしてほしいと頼んだ。好きなだけ注文していいからと付け加えて。
「遠慮せずに食べてね」
好みがわからなかったから、とりあえず一通り注文をした。
まだ俯いて、どこか怯えている彼女。少し、脅かしすぎただろうか。
「突然ごめんね。まさか、アンジュが私と同じ転生者だったとは思わなくて」
「……貴女も、転生者、なんですか?私と同じ、日本の」
やっと話してくれた。
とりあえず、少しでも警戒心が解けたのは良かった。
それに、今の言葉でやっぱり彼女が私と同じ日本人という事が明らかになった。
「えぇ。今の私は15。前世を思い出したのは、5歳ぐらいの時。貴女は?」
「私はつい最近。ここ、1、2年、です」
「……そう、大変だったでしょう。ところで……」
聞き間違いであってほしいと思いながら、私は彼女に尋ねた。
広場での彼女の発言。私にとっては、あり得ない事だった。
「本、というのはどういうことかしら?」
「え?ご存知ないですか?」
「えぇ。」
「えっと、ここはですね。【白い天使】という小説の世界なんです」
白い天使?タイトルがついてないはずのこの物語にどうしてタイトルがついてるの?それに、どうしてこの子がこの物語を知ってるの?
「私の大好きな作家さん。ご存知ですか?朝出和恵先生なんですが、彼女の生前最後の作品だったんです」
「え……」
私の、生前最後の作品?未完成だった私の作品が、完成して出版されている?
どういう事?
「本当に、出版されているの?」
「え?あ、はい。この世界は、その本の世界だと思います。えっと……差支えなければ、今世のお名前をお聞かせいただいても?」
「……トレーフル・グリーンライトよ。よろしく」
自己紹介をすれば、彼女は大きく目を見開き、わずかに怯えた表情をする。
そうよね、アンジュにとっては悪役の一人だからね。
「安心して。貴女を本編のようにするつもりはないわ」
「え、本をご存知なんですか?でもさっきは……」
「……えぇ知ってるは。でもね、ありえないのよ」
そうありあえない。この小説は、書き上げる前に私が死んだ事で未完成のはず。それが出版されるはずもないから、彼女が目にするはずもない。
「この小説はね、未完成のはずなのよ」
「未完成?」
「えぇ。だって、書き上げる前に私が死んだのだから、出版されるはずがないのよ」
一体誰の仕業?私を殺した元恋人?それとも浮気相手?担当者?両親?
誰かがこの小説を完成させて、出版社に持って行って、私の名前で出したとしか思えない。
もし完成されているのであれば、未完成状態の時からずいぶん改変されていると思うから、私が知らない事がきっとある。
「ねぇ、本の内容を詳しく……」
聞こうと思ったけど、目の前の彼女は泣いていた。
先ほどの怯えた表情じゃなくて、どちらかといえば感動したような顔を私に向けていた。
それはまるで、目の前に推しがいるようなそんな……
「も、もしか、して……朝出和恵、先生……ですか?」
あぁそういえば、さっき「書き上げる前に私が死んだのだから」って言ったっけ?それで、私が作者だって理解するとか、すごいなこの子。
私がこくりと頷けば、より一層泣き始めた。とりあえずは、落ち着く待つかな。




