55話:ヒロイン
暖かな日差し、穏やかな風、耳心地がいい小鳥の囀りが聞こえる。
今日は特に特別な日ではないけど、普段と違う、少し抑えめで動きやすい服装に身を包み、髪の毛もラフすぎず、平民の女の子がおめかしをするような髪型。
「如何ですか、トレーフル様」
「……えぇ、とても素敵よ。ありがとう」
鏡に映るのは、貴族の令嬢ではなく、少しだけ裕福な平民の女の子の姿。
あれから数年が経ち、数ヶ月後には成人式が行われるほどに時間がたった。年齢でいえば、15歳。成人式後は、いよいよ物語本編が始まる。
そして今日は、街にお忍びでお出かけ。というのはついでで、実際は成人式に着るドレスのオーダーをしに行くのだ。
本当は既にあるものの中から選ぼうと思ったけど、お母様がせっかくならとオーダーメイドの提案をされた。
「しかし、よろしかったのですか?わざわざこのような格好されなくても」
「あまり目立ちたくないの。貴族の馬車が通るだけでも、平民はビクビクするものよ」
まぁ本音は、ドレスの注文が終わった後に、私が街の中を遊びたいだけなんだけどね。
仕度もすみ、私はアニーとジルクとステルラと共に街へと向かった。
ステルラも、あれからずいぶん成長して立派な美男子になった。成人式は、彼も一緒に出席する予定だったが、お父様から反対されてしまった。
既にステルラの存在は多くの貴族が知っている。とはいえ、私が公の場に出ていないから容姿を知っているのは事情を知っている人だけ。何も知らない貴族たちは、獣人を容姿にしたことでダグネスク家に誹謗中傷を投げてるみたいだけど。
まぁどうせ、ステルラの様子を見たら令嬢たちが見惚れて結婚したいと両親に泣きつくだろう。その時はきっと手のひら返して擦り寄ってくるだろうな。
そんなことを考えながら、馬車の中で少しだけ大きめのあくびを一つする。やっぱり早起きは苦手だ。
馬車移動は途中までで、そこからは徒歩で向かうことになった。
「あれ、こんなおしゃれなカフェあったっけ?」
「こちらは、マクドナ男爵家が経営しているカフェです」
「あぁ、ルルービル様の手紙に書いてあった。男爵は経営が上手なのね」
お店の前には若い女性の姿があり、結構な列ができている。
どこの世界も、やっぱり流行り物には並ぶのね。
「個室もあるので、貴族がお忍びでこられることもあるそうです」
「なら、帰りにでも寄ろうか」
手紙には、甘いお菓子がたくさんあるって聞いたし、今回は3人とだけど、機会があればシルビア達とも来てみたいな。
「ようこそいらっしゃいました、トレーフル様」
オーダーメイドをするお店は「ルイーナ」。今、貴族令嬢達が一目置いているデザイナーが経営しているお店だ。
予約は数年待ち状態だと聞くけど、今回お母様の口添えでそこに割り込む形になってしまった。
「急な注文でごめんなさい」
「いえとんでもございません。トレーフル様のドレスをデザインさせていただけるなど、とても光栄です。早速、いくつかデザイン案がありますので見ていただけないでしょうか」
「えぇ、よろしくおねがします」
見せてもらったデザインは全部で3種類。どれも素敵だな。前世でこんなドレス着たのって、小説で賞をもらったときの式典とか、出版社のパーティーとかぐらいだな。
「形はこっち、色はこっちのデザインがいいですね。できれば、ここにフリルをつけて、ここのレースは少し刺繍を凝って欲しいです」
「なるほど……今までにみたことがないものになりますね。もう少し意見をいただいても?」
今更だけど、プロのデザイナーに私なんかが意見していいのだろうか。
不安を抱きながら顔を上げれば、デザイナーの彼女も、後ろにいるお弟子さん達も目を輝かせていた。
とりあえずは不快には思われていないようだから、続けることにした。
「それで、この装飾品ですが……」
約2時間の打ち合わせを行い、なんとかデザインが形になった。
お店の人たち、なんだかずいぶんやる気になっていたようだけど、無理しないで欲しいな。
「よし、それじゃあ用事も済んだし。街を回ろう」
「お嬢様、最初からそちらが目的でしたよね」
「そうね。それに、せっかくならステルラにゆっくり街を見て欲しくてね」
私のところに来てからずいぶん経つのに、彼は従者として、情報収集係として、そして貴族としてのマナーとかをずっと勉強していて、ゆっくり遊ぶ時間なんてなかった。
「そんな、自分は別に」
「ふふ、遠慮しなくてもいいのよ。ステルラ、甘いもの好きでしょ。特にチョコ」
「な、なぜそれを……っ!姉上!」
勢いよくアニーの方をステルラが向くが、アニーは何も知らないというように、顔をそらす。
すっかりステルラとアニーは兄弟になっていて、仲がとってもいい。普段は私に仕えているということもあるけど、たまにこうやって兄弟のやりとりを見せてくれる。これをみると和むなぁ。
「私も久々だし、時間が許す限り待ちの中を回ろう」
マクドナ男爵家が経営しているお店は少ししてから行くことにした。
その間は、全員が行きたいところ、欲しいものを買ったりとお出かけを楽しんだ。
「よし、そろそろさっきのカフェに……」
その時、広間に人だかりができていた。
なんだろうと気になって近づくと、人が一人倒れていて側に女の子がいた。
「何かあったのですか?」
「あぁ人が急に倒れたんだよ。そしたら、そこの女の子が駆け寄ってね」
「そうそう、そして白い光がパーって」
「白い……光?」
私は慌ててもう一度女の子を見た。
倒れている男性。彼はどこか穏やかな表情だ。急に倒れるような具合の悪そうな顔をしていない。
寧ろ、側にいる女の子の方が顔を青くしていた。
髪の短いクリーム色。深い海のような青い瞳の女の子。
この物語のヒロイン……
「アンジュ……」




